捕虜の償還(1)
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/07/03 00:35 投稿番号: [937 / 1329]
>純粋に王命で自国民を救済しようと思わないのは、
自分も貧窮してるかなのか、集団帰属意識がないからなのか、
そこらへんは図りかねます。
いや、両班階層の捕虜の償還だけでなく、庶民の捕虜の償還にも着手はしているんです。
仁祖実録
仁祖15年(1637年)2月13日条
都承旨李景ソク(大の両脇に百)啓曰被リョ(手偏に虜)之人、貧不能贖還、而凡民、異於貴族、価亦不多。今若捐百余両銀、分授通官、使之贖還、則所得雖不多、豈不足以感民心哉。答曰殊甚矜惻。令該曹優給価銀、多数贖還。
意訳します(自サイトの流用ですが)。
李景ソクは「捕虜になった人のうち、貧しくて身代金を払えないから返還してもらえないのはほとんどが民衆です。上流階級にとってはその価格は高くはないのですが。今、もし銀100両余りを支出して、役所を通じて分け与えて、民衆の身代金にあてて返還してもらえば、多くの民衆を取りもどすまでには至らないけれども、民心を感じさせるにはじゅうぶんではないでしょうか?」と言った。仁祖は
「それはまことに憐れなことだ。そのとおりにして多くの民衆を返還してもらえ」と答えた。
>しかし、相当の人数が連れ去られたのですね。
>↓の>清に引かれて行った朝鮮婦女子は 50万人が超えたと言う。
>は誇張なのでしょうか?多すぎやしませんか?
おそらく誇張でしょう。江華島陥落時や漢城都城陥落時に、官僚官吏兵士らの妻子など、多くの婦女子が捕虜になったと考えることができますが、それでも10万は超しますまい。
これは メッセージ 935 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/mfbdabdabaaf_1/937.html