李朝朝鮮

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Re: チェオク

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/02/25 03:34 投稿番号: [675 / 1329]
>隊長機を守るために、二番機には腕利きのパイロットを置くと読んだことがありますが、隊全体の失敗ですね。

これは、ワタシが瑞鶴飛行隊長納富大尉の事をうっすら記憶しているからなんですが(その部分を書いた本がどれだったか思い出せません)、ラバウルの陸上から出撃して、敵艦隊攻撃でしたから、対空砲火にやられたのかも知れませんし、あるいは、敵の上空直衛戦闘機にやられたのかも知れません。
後者だとしたら、高空で待ち構えていたグラマンかシコルスキーに急降下で一撃離脱されたのかも知れず、それであっという間にやられたという例は、よく本で目にしますね。

>陸軍の場合、戦闘帽を被って、士官用ブーツでない場合、(今、写真で確認した限り)、最前線の下級将校は下士官・兵と同様の短靴にゲートル姿がほとんどで、遠目にはそんなに士官と下士官・兵の区別がつかないですね。

そうですね。
また、長靴(ブーツ)が蒸れるとか、または「もったいない」と思ったか、それとも履き潰したブーツの補給がままならず、ゲートルで済ませたなんていうのもあるでしょうね。
確かに、将官でもゲートルという写真は、見たことがあります。

>軍服の品質は、随分と違ったようですが。(笑)

いつからかは分かりませんが、陸軍は下士官・兵が木綿、士官が純毛でしたね。日露戦争の頃などは、下士官・兵も立派なラシャのようですが。
第二次大戦でも、ドイツ軍は、兵卒でもずいぶんと質の良い軍服だったので、連合軍が驚いたなんていう話も聞いた事があります。
日本海軍は、冬の一種軍装(紺)が下士官・兵士も士官も純毛、夏の二種軍装(白)が麻、三種軍装(緑)が下士官・兵が木綿、士官は純毛から麻から木綿から、色々だったそうです。

>これまた南京の航空軍本部にいたGさんに聞いたところでは、終戦直後、中国の国民党軍に協力させるため、専門職の日本軍将校を捜していたらしく、下級将校連中は将校用制服とかは私物入れに隠し、下士官・兵の軍服に着替えて、とぼけた顔をしていたそうです。

台湾でも、国民党軍が、かなりの高給を条件に、日本軍の将兵の再雇用をかけていたみたいですね。
台湾の第205海軍航空隊の飛行長だった故・鈴木實中佐は、終戦直後、かなりの高給で雇うと、日本への留学経験のある国民党軍将校からしつこくアタックされ、進駐していた米軍将校を仲介して、なんとか振り切って日本へ引き揚げてきたと言っています。
余談ながら、鈴木中佐、戦後はまるで畑の違うレコード業界に入り、キングレコード社でレイ・チャールズやカーペンターズと契約して、会社の洋楽部門の黄金時代を作ったとの事です。
この鈴木中佐が、ポートダーウィン上空で、豪州空軍のスピットファイヤ相手に、ほぼ一方的な勝利を収めた零戦隊指揮官でした。

そう言えば、ワシのオジキも「台湾空軍」から声がかかったとかって話です。それを、母親(ワシのバアサン)が泣いて引きとめ、実現しなかったとか。
だとすると、国民党軍側では、日本軍将兵の名簿を、ほぼ完全に集めていたのではないかと思えます。(米軍も同様だった。)

以上、トピズレですた☆☆
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