別荘
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2012/12/11 18:06 投稿番号: [2673 / 2701]
記事入力 : 2012/12/11 14:34
【萬物相】李承晩元大統領の別荘
江原道高城郡巨津邑の湖、花津浦の南にある松林の坂の石段を上った所に、上半身裸の子どもたちの白黒写真が飾られている。そのうち1人が故・金正日(キム・ジョンイル)総書記(当時6歳)だ。ここにある2階建ての「花津浦の城」は、1938年にドイツ人のベーバー氏が外国人向け礼拝堂として建設した。38度線の北側が北朝鮮となった後、故・金日成(キム・イルソン)主席が家族と共に休暇を過ごしたことをきっかけに、今も金日成主席の別荘と呼ばれている。屋上に立つと、花津浦が一望できる。
湖の近くには、李承晩(イ・スンマン)政権のナンバーツーだった故・李起鵬(イ・キブン)元首相の別荘もある。日本による植民地時代に建設された平屋建て、2部屋の建物で、しばしば李起鵬元首相が妻と共に訪れたという。近くの坂を上ると、故・李承晩元大統領の別荘が見えてくる。別荘といっても、わずか89平方メートルの平屋建てだ。1910年に米国留学から戻った李承晩元大統領は、宣教師に会うため花津浦を訪れ、この地の美しさに魅了された。花津浦は韓国戦争(朝鮮戦争)で北朝鮮に一時占領されたが、奪還後、李承晩元大統領はこの地に別荘を建て、釣りなどを楽しんだという。これが花津浦に三つの別荘ができた由来だ。
慶尚南道鎮海市の海軍基地敷地内にある李承晩元大統領の別荘は、かつて旧日本軍通信隊の建物でもあった慶尚南道の文化遺産だ。李承晩元大統領は生前、巨済島近くの豬島でよくバカンスを過ごした。今は巨加大橋が通るこの島には故・朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の別荘・青海台もある。済州島の李承晩別荘は西帰浦の海沿い、ハネムーンハウスにある。この土地を購入したパラダイスホテルは別荘の敷地に記念館を建設し、李承晩元大統領の遺品を集めていた。
韓国戦争当時、米第8軍司令官だったバンフリート氏は出身地のフロリダに戻って牧場を営んでいた。1956年、韓米財団顧問だったバンフリート氏は李承晩元大統領に、アジアで最も大きい米国式の牧場を済州島に作ることを提案した。2人は済州島を訪れ、旧左邑の草原を国立牧場にすることを決めた。翌年、韓国軍工兵隊は貴賓の宿泊施設として、米軍の支援を受けながら牧場内に米国式の田園住宅を建設。この住宅は李承晩元大統領が2回宿泊したため、いつしか「李承晩別荘」と呼ばれるようになった。
後にこの別荘は牧場ごと民間に売却され、50年以上にわたり放置されてきたが、最近、済州道が復元に乗り出すとのニュースが報じられた。登録文化財に指定されてから8年。復元が遅れたのは、済州道住民にとって深い傷となっている4・3事件(48年4月3日に済州島で起こった民衆蜂起とこれに伴う島民虐殺事件)当時の大統領が李承晩氏だったからだ。しかし「つらい歴史も保存すべき」という認識も広まっており、また「建国大統領が建てた近代建築物」という側面も尊重すべきだろう。このようにして済州道はまた一つ、新たな歴史の遺産を手にすることになった。
呉太鎮(オ・テジン)主席論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
こういうどうでも良い話は朝鮮新聞得意だな。
【萬物相】李承晩元大統領の別荘
江原道高城郡巨津邑の湖、花津浦の南にある松林の坂の石段を上った所に、上半身裸の子どもたちの白黒写真が飾られている。そのうち1人が故・金正日(キム・ジョンイル)総書記(当時6歳)だ。ここにある2階建ての「花津浦の城」は、1938年にドイツ人のベーバー氏が外国人向け礼拝堂として建設した。38度線の北側が北朝鮮となった後、故・金日成(キム・イルソン)主席が家族と共に休暇を過ごしたことをきっかけに、今も金日成主席の別荘と呼ばれている。屋上に立つと、花津浦が一望できる。
湖の近くには、李承晩(イ・スンマン)政権のナンバーツーだった故・李起鵬(イ・キブン)元首相の別荘もある。日本による植民地時代に建設された平屋建て、2部屋の建物で、しばしば李起鵬元首相が妻と共に訪れたという。近くの坂を上ると、故・李承晩元大統領の別荘が見えてくる。別荘といっても、わずか89平方メートルの平屋建てだ。1910年に米国留学から戻った李承晩元大統領は、宣教師に会うため花津浦を訪れ、この地の美しさに魅了された。花津浦は韓国戦争(朝鮮戦争)で北朝鮮に一時占領されたが、奪還後、李承晩元大統領はこの地に別荘を建て、釣りなどを楽しんだという。これが花津浦に三つの別荘ができた由来だ。
慶尚南道鎮海市の海軍基地敷地内にある李承晩元大統領の別荘は、かつて旧日本軍通信隊の建物でもあった慶尚南道の文化遺産だ。李承晩元大統領は生前、巨済島近くの豬島でよくバカンスを過ごした。今は巨加大橋が通るこの島には故・朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の別荘・青海台もある。済州島の李承晩別荘は西帰浦の海沿い、ハネムーンハウスにある。この土地を購入したパラダイスホテルは別荘の敷地に記念館を建設し、李承晩元大統領の遺品を集めていた。
韓国戦争当時、米第8軍司令官だったバンフリート氏は出身地のフロリダに戻って牧場を営んでいた。1956年、韓米財団顧問だったバンフリート氏は李承晩元大統領に、アジアで最も大きい米国式の牧場を済州島に作ることを提案した。2人は済州島を訪れ、旧左邑の草原を国立牧場にすることを決めた。翌年、韓国軍工兵隊は貴賓の宿泊施設として、米軍の支援を受けながら牧場内に米国式の田園住宅を建設。この住宅は李承晩元大統領が2回宿泊したため、いつしか「李承晩別荘」と呼ばれるようになった。
後にこの別荘は牧場ごと民間に売却され、50年以上にわたり放置されてきたが、最近、済州道が復元に乗り出すとのニュースが報じられた。登録文化財に指定されてから8年。復元が遅れたのは、済州道住民にとって深い傷となっている4・3事件(48年4月3日に済州島で起こった民衆蜂起とこれに伴う島民虐殺事件)当時の大統領が李承晩氏だったからだ。しかし「つらい歴史も保存すべき」という認識も広まっており、また「建国大統領が建てた近代建築物」という側面も尊重すべきだろう。このようにして済州道はまた一つ、新たな歴史の遺産を手にすることになった。
呉太鎮(オ・テジン)主席論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
こういうどうでも良い話は朝鮮新聞得意だな。
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