南朝鮮 失敗事例集

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天気予報が大はずれニダ さらに追記

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/01/14 16:30 投稿番号: [1630 / 4034]
【萬物相】もはや「実況中継」と化した韓国の天気予報

  世宗実録を見ると、朝鮮時代に日食の予測時刻が1刻(15分)程度外れたため、予報担当の管理がむち打ちに処されたとの記録がある。世宗大王は15分の誤差をただすため、新たな暦法の製作に乗り出した。いわば借り物である中国の暦法の代わりに、独自の観測データを得ようと、天文台に天体観測のための「簡儀台」を設置し、簡儀や渾天儀、小簡儀といった観測器具を作って天体の運行を観測した。そしてたった15分の誤差を解決するために、21年の歳月をかけた。世宗は天気予報がどれほど重要かをよく知っていたのだ。


  1944年、連合軍はノルマンディー上陸作戦を6月5日から7日の間に決行することを決めた。夜明けとともに満ち潮が始まり、地面が満月の光に照らされる日を選ぶことで、落下傘部隊が動きやすくなると考えたからだった。だが6月5日は日中から雲がかかってにわか雨や風に見舞われため、決行は見送られた。その日の午前、連合軍司令官のアイゼンハウアーに1件の報告が上がってきた。西から移動してきた雲のために、一時的に高気圧が発生し、6日には間違いなく天候が好転するという内容だった。そのころドイツ側では気象学者らが6日も視野は悪いとの予想を出した。だが6日にノルマンディー上陸作戦は成功を収め、このときの天候予想は第2次世界大戦の行方に大きく影響した。

  韓国には「雪の降った次の日に、こじきが洗濯をする」ということわざがある。雪が降った次の日は、服を1着しか持っていないこじきでも服を脱いで洗濯できるほど、暖かくなるという意味だ。こじきでもその程度の予想はできたということだ。このように天気の予想は、歴史からこじきの日常に至るまで、さまざまなものに影響を与えている。

  今月11日の午前5時30分、気象庁は「11日の午前から昼にかけて雨が降り、夕方から雪に変わる」と予報した。だがその時点で、仁川や京畿道北部で雪が降っていた。ソウルでもすでに雪が降り始めたころだった。同6時には、雪のために幹線道路が渋滞し始めた。気象庁は6時15分、「雪が降り始めた」と発表した。これでは「予報」ではなく、「実況中継」だ。そして午前8時になってやっと「中部地方では雪が積もるところが多いので、交通に注意するように」との内容が追加された。

  天気予報が当たらないのは、何も今に始まった話ではない。気象庁は昨年9月のある土曜日の午前5時に「全羅南道・慶尚南道では雨が降るが、ソウル・京畿道・江原道は晴れる」との予報を発表した。だが雨が降ったのはソウル・京畿道・江原道で、全羅南道・慶尚南道では降らなかった。また秋夕(韓国の中秋節)の前日には「連休中、一部の地域を除くと雨は降らず、帰省時の道路状況は比較的良好と予想される」と発表したが、実際には連休の間中、全国的に雨に見舞われた。

  解せないのは、2004年に気象庁が500億ウォン(約58億円)もするスーパーコンピューターを導入してから、ますます予報が外れるようになったことだ。これが世宗大王の時代だったなら、どれほどの厳罰を受けたことだろうか。

呉太鎮(オ・テジン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS


>1刻(15分)

ウリナラの一刻は15分なのか・・・・
へんなところで感心。
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