>shinkuuboakagiさんへ
投稿者: _Lupin_The_Fourth_ 投稿日時: 2001/05/20 02:41 投稿番号: [4553 / 60270]
前に全人類的な視点について述べましたが、古代ギリシャの哲学者達の一部が奴隷制に対し否定的な見解を持っていなかったとしても、奴隷達は奴隷制に対し否定的な見解を持っていたのではないでしょうか。
奴隷制を否定しなかったプラトンやアリストテレスは奴隷出身ではないと思います。
奴隷達も支配者と同じように文字を学んで学堂で哲学にいそしみ、かつ支配者達と同じように多くの著書を現在の我々に残すことができたのでしょうか。
哲学者達の思想や価値観はその時代を代表するものではなく、その時代の一部の人々の考え方のみを代表しているに過ぎないということは否定できるでしょうか?
その時代の価値観を考えるというならば、当然奴隷たちの価値観も軽視してはいけないものだと私はかんがえます。
同じことが帝国主義時代にも当てはまると思います。
当時列強のほとんどが植民地支配をしていたということをもって、植民地支配肯定の時代であったとは言えません。
それは被支配者達の意見を無視しているからです。
当時連合国の間で日本に原爆を落とすことを肯定する考え方が強かったから、1945年当時は原爆投下肯定の時代だったと言えますか?
原爆被害を受けた人々の意見を無視することはできますか?
私なら広島・長崎の被害者の意見を多く取り入れて、当時アメリカは原爆を落とすべきでなかったし、現在も使用すべきではないと主張します。
これは メッセージ 4539 (shinkuuboakagi さん)への返信です.
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