韓国に「命知らず」が多いワケ
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/07/30 22:20 投稿番号: [2234 / 10735]
記事入力 : 2006/07/30 18:00
【コラム】韓国に「命知らず」が多いワケ
また雨が降った。大雨だった。テレビでは「大雨になる」と言う。少し時間が経つと「大雨が続く」と言う。我慢して待っていると「まだ大雨は続く」と言う。韓国の集中豪雨の被害状況に関する報道水準はこの程度だ。
大雨になると報じるのが間違っているのではない。しかし、先日の集中豪雨の際、「大雨になる」と繰り返した放送は27日、28日にも同様の放送を繰り返した。テレビはお決まりのように増水した川や記者が強風でまともに話すことができない場面、崩壊した橋などを放映した。
これは映画の手法とよく似ている。1970年代の『ポセイドン・アドベンチャー』や『タワーリング・インフェルノ』に始まった災害をテーマとする映画は徐々に発展し、今や地球規模の災害、さらには宇宙規模の災害まで扱っている。ここで重要なのは、災害の原因ではなくその場面が観客に与えるインパクトだ。
問題は娯楽ではなく、情報を提供しなければならないメディアが、そういった「スペクタクル」な「絵になる」中継に没頭しているということだ。
大雨が一体バケツに溜まる程度なのか、それとも浴槽に溜まる程度なのか、視聴者に分かりやすく伝えなければならない。道路はどこからどこまで渋滞しているのか、渋滞を避けるための道路はどこにあるのか、ある地点からほかの地点に移動するための最も安全な道はどこなのかなど、個別的な情報を発信しなければならない。山間地域に住む人と堤防の近くに住む人はどう対処しなければならないのか、浸水がどの程度に達したら、水を汲み出すのをやめて避難しなければならないのかなど、行動マニュアルを伝えなければならない。「外出は控えたほうがいい」とだけ伝えるのではなく、走行中の車がどのような状況でどんな被害に遭ったのか、具体的に伝えなければならない。
しかし、テレビ局はそのような情報を提供したくないようだ。それは「絵にならない」つまらない情報なので、視聴率低下につながるからだ。しかし、本当につまらないのは情報ではなく、放送局の姿勢だ。
テレビ局が頼りにできるニュースソースがないのはさらに大きな問題だ。各種ルートを通じてリアルタイムで提供される情報は、時として無意味な情報になるケースが多い。例えば、道路公社が提供する電話サービスでは「釜山方面、漢南大橋423キロから瑞草419キロの区間4キロの渋滞」という形式で放送される。しかし、これが何時何分の状況なのか、ノロノロ運転なのか、それとも完全に車が動かないほど渋滞しているのか分からない。もちろん、制限速度が80キロの高速道路では、時速30〜50キロがノロノロ運転、時速30キロが渋滞と区分される。しかしこれはお役所の区分であって、視聴者になじみのある区分ではない。
自然災害、大事故などによる被害を具体的に伝え、危険を認知できない人々にそれを避ける方法を正確に知らせるのが災害管理システムの基本だ。それを担当するのが公共機関であり、国民の財産である電波を使用する放送局だ。しかし、災害などの危険関連情報の集中管理システムはスピードや正確性に欠ける。しかしそうした「情報」は情報としての価値がない。私たちは今後もどれだけこの手の情報を聞かされるのであろうか。
「雪が降るでしょう」、「大雪になるでしょう」、「風が強いでしょう」。韓国では雪が降っても、雨が降っても、建物が崩れても気に留めず、車で出かけ事故に遭う「命知らず」な連中が多いのは、まさにこのような理由からではないだろうか。
パク・ウンジュ記者(エンターテーメント部長)
朝鮮日報
ウンジュ(写真だと作家の林女史にそっくり)は本質を理解していないな。
「命知らず」なのは朝鮮民族だからなのだ。
【コラム】韓国に「命知らず」が多いワケ
また雨が降った。大雨だった。テレビでは「大雨になる」と言う。少し時間が経つと「大雨が続く」と言う。我慢して待っていると「まだ大雨は続く」と言う。韓国の集中豪雨の被害状況に関する報道水準はこの程度だ。
大雨になると報じるのが間違っているのではない。しかし、先日の集中豪雨の際、「大雨になる」と繰り返した放送は27日、28日にも同様の放送を繰り返した。テレビはお決まりのように増水した川や記者が強風でまともに話すことができない場面、崩壊した橋などを放映した。
これは映画の手法とよく似ている。1970年代の『ポセイドン・アドベンチャー』や『タワーリング・インフェルノ』に始まった災害をテーマとする映画は徐々に発展し、今や地球規模の災害、さらには宇宙規模の災害まで扱っている。ここで重要なのは、災害の原因ではなくその場面が観客に与えるインパクトだ。
問題は娯楽ではなく、情報を提供しなければならないメディアが、そういった「スペクタクル」な「絵になる」中継に没頭しているということだ。
大雨が一体バケツに溜まる程度なのか、それとも浴槽に溜まる程度なのか、視聴者に分かりやすく伝えなければならない。道路はどこからどこまで渋滞しているのか、渋滞を避けるための道路はどこにあるのか、ある地点からほかの地点に移動するための最も安全な道はどこなのかなど、個別的な情報を発信しなければならない。山間地域に住む人と堤防の近くに住む人はどう対処しなければならないのか、浸水がどの程度に達したら、水を汲み出すのをやめて避難しなければならないのかなど、行動マニュアルを伝えなければならない。「外出は控えたほうがいい」とだけ伝えるのではなく、走行中の車がどのような状況でどんな被害に遭ったのか、具体的に伝えなければならない。
しかし、テレビ局はそのような情報を提供したくないようだ。それは「絵にならない」つまらない情報なので、視聴率低下につながるからだ。しかし、本当につまらないのは情報ではなく、放送局の姿勢だ。
テレビ局が頼りにできるニュースソースがないのはさらに大きな問題だ。各種ルートを通じてリアルタイムで提供される情報は、時として無意味な情報になるケースが多い。例えば、道路公社が提供する電話サービスでは「釜山方面、漢南大橋423キロから瑞草419キロの区間4キロの渋滞」という形式で放送される。しかし、これが何時何分の状況なのか、ノロノロ運転なのか、それとも完全に車が動かないほど渋滞しているのか分からない。もちろん、制限速度が80キロの高速道路では、時速30〜50キロがノロノロ運転、時速30キロが渋滞と区分される。しかしこれはお役所の区分であって、視聴者になじみのある区分ではない。
自然災害、大事故などによる被害を具体的に伝え、危険を認知できない人々にそれを避ける方法を正確に知らせるのが災害管理システムの基本だ。それを担当するのが公共機関であり、国民の財産である電波を使用する放送局だ。しかし、災害などの危険関連情報の集中管理システムはスピードや正確性に欠ける。しかしそうした「情報」は情報としての価値がない。私たちは今後もどれだけこの手の情報を聞かされるのであろうか。
「雪が降るでしょう」、「大雪になるでしょう」、「風が強いでしょう」。韓国では雪が降っても、雨が降っても、建物が崩れても気に留めず、車で出かけ事故に遭う「命知らず」な連中が多いのは、まさにこのような理由からではないだろうか。
パク・ウンジュ記者(エンターテーメント部長)
朝鮮日報
ウンジュ(写真だと作家の林女史にそっくり)は本質を理解していないな。
「命知らず」なのは朝鮮民族だからなのだ。
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