街道を逝く 大和のみち⑱
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/23 10:45 投稿番号: [765 / 2847]
すでにふれたが、橿原神宮は森の中にある。
休憩をとってしばらく自由行動にした。
大きな野球場があった。殿波さんによると高校野球の予選もおこなわれるりっぱなスタジアムだという。
「高校野球は、たしか朝日新聞の主催やったね」
朴やんが確認した。
「夏は朝日、春は毎日や。良心的な新聞社が主催なだけあって美があるわ。とくに夏の高校野球はええで。開会式の行進は規律正しい紅衛兵みたいやし」
散策していたチャングムが走って戻ってきた。
「先生、おもしろいものがありました」
朝日新聞の看板があったという。駆け出す彼女を追って、ゆっくりと歩きだした。
10分ちかく歩き、森をよこぎって道路をわたると、旭日旗をあしらい「航空母艦瑞鶴の碑、第13期海軍甲飛行予科練習生殉国の碑」としるされた大きな看板がある。
チャングムは、朝日新聞の社旗と旭日旗をまちがえたらしい。
看板にしたがって森のこみちをゆくと、御影石でつくられている大きな「殉国之碑」と「瑞鶴之碑」があった。
「イルボン軍国主義の神詣でをやらかして戦犯称揚なの!ああ、かんしゃくおこる」
チャングムを制して碑に近づいてみる。瑞鶴之碑には航空母艦瑞鶴の写真が刻まれていた。
「ここには位牌がないのですね」
殿波さんにきいた。
「はい。靖国神社と違って位牌はありません」
日本海軍は、世界ではじめて空母と艦載航空機による機動部隊の集団運用をおこなったとされる。それはまちがいないのだが、航空機の開発普及に、韓民族の多大な功績があったことは黙殺されている。
4254年、韓国初の飛行士である安昌男は愛機「金剛号」に乗って、日本飛行協会が主催した大会で優勝し、その記念としてソウル汝矣島飛行場で凱旋飛行をおこなった。
その4年後には、パク・キョンウォンが世界初の女性飛行士として誕生し、日本各地でデモンストレーション飛行をおこない飛行機の普及に尽力した。
彼女は168cmという長身であり、矮小な日本人の中ではよくめだったことだろう。酒とタバコもはばかることがなく、ロングコートと乗馬ズボンをこのんで着たというから、当時でいうハイカラさんであった。
最後は、航空事故によってその生を終えるが、彼女の能力と独立運動へのかかわりをおそれた日本軍の手によって謀殺されたという説も根強い。
世界最初の飛行機は、壬辰倭乱のさい秀吉軍に包囲された城をすくうため鄭平九が乗った「飛車」である。
近代の新興宗教である太乙教には、
「西洋人の発明に係ると称せられる飛行機は、其の実数百年前に行方不明となりし朝鮮の偉人が今猶ほ西洋に生存して居り、同人の発明したるものである」
という記述があるという。(解説者註:吉川文太郎『朝鮮の宗教』(1921年)より引用)
韓民族の技術力と想像力が、世界でも群を抜いていることは明白なようである。
休憩をとってしばらく自由行動にした。
大きな野球場があった。殿波さんによると高校野球の予選もおこなわれるりっぱなスタジアムだという。
「高校野球は、たしか朝日新聞の主催やったね」
朴やんが確認した。
「夏は朝日、春は毎日や。良心的な新聞社が主催なだけあって美があるわ。とくに夏の高校野球はええで。開会式の行進は規律正しい紅衛兵みたいやし」
散策していたチャングムが走って戻ってきた。
「先生、おもしろいものがありました」
朝日新聞の看板があったという。駆け出す彼女を追って、ゆっくりと歩きだした。
10分ちかく歩き、森をよこぎって道路をわたると、旭日旗をあしらい「航空母艦瑞鶴の碑、第13期海軍甲飛行予科練習生殉国の碑」としるされた大きな看板がある。
チャングムは、朝日新聞の社旗と旭日旗をまちがえたらしい。
看板にしたがって森のこみちをゆくと、御影石でつくられている大きな「殉国之碑」と「瑞鶴之碑」があった。
「イルボン軍国主義の神詣でをやらかして戦犯称揚なの!ああ、かんしゃくおこる」
チャングムを制して碑に近づいてみる。瑞鶴之碑には航空母艦瑞鶴の写真が刻まれていた。
「ここには位牌がないのですね」
殿波さんにきいた。
「はい。靖国神社と違って位牌はありません」
日本海軍は、世界ではじめて空母と艦載航空機による機動部隊の集団運用をおこなったとされる。それはまちがいないのだが、航空機の開発普及に、韓民族の多大な功績があったことは黙殺されている。
4254年、韓国初の飛行士である安昌男は愛機「金剛号」に乗って、日本飛行協会が主催した大会で優勝し、その記念としてソウル汝矣島飛行場で凱旋飛行をおこなった。
その4年後には、パク・キョンウォンが世界初の女性飛行士として誕生し、日本各地でデモンストレーション飛行をおこない飛行機の普及に尽力した。
彼女は168cmという長身であり、矮小な日本人の中ではよくめだったことだろう。酒とタバコもはばかることがなく、ロングコートと乗馬ズボンをこのんで着たというから、当時でいうハイカラさんであった。
最後は、航空事故によってその生を終えるが、彼女の能力と独立運動へのかかわりをおそれた日本軍の手によって謀殺されたという説も根強い。
世界最初の飛行機は、壬辰倭乱のさい秀吉軍に包囲された城をすくうため鄭平九が乗った「飛車」である。
近代の新興宗教である太乙教には、
「西洋人の発明に係ると称せられる飛行機は、其の実数百年前に行方不明となりし朝鮮の偉人が今猶ほ西洋に生存して居り、同人の発明したるものである」
という記述があるという。(解説者註:吉川文太郎『朝鮮の宗教』(1921年)より引用)
韓民族の技術力と想像力が、世界でも群を抜いていることは明白なようである。
これは メッセージ 762 (toapanlang さん)への返信です.
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