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街道を逝く 大和のみち⑲

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/23 10:52 投稿番号: [766 / 2847]
  われわれの世代にとっては、空母は海軍の象徴であった。独島をふたたび侵略しようとしている日本軍をしりぞけるには、強大な海軍が必要であり、空母を持つのが一流国のステータスであるとおもっていた。
  私は、軍事にはくわしくないのだが、「斜め上の雲」という作品を書くにあたって、多くのことを調べた。
  当時の国力では、軍隊にだけ大きな予算はさけなかった。しかも、空母は維持費がかかるだけでなく、艦載機乗員の訓練養成も必要である。
  海軍は、国民の期待をうらぎることを申し訳なくおもいながら、空母よりフリゲート艦のような戦闘艇の充実に力を入れた。
  その結果、現在はイージス艦や、空母に転用可能な揚陸艦をそろえることに成功した。穏当な選択であったといえる。

  さて、瑞鶴のことである。
  ワシントン軍縮条約を踏みにじって建造されたこの空母は、とうぜんのことながら、設計の制約を受けず、日本のもつ技術をすべて注ぎこまれていた。一説には、この艦の完成にあわせて開戦日を決めたという。
  同型艦の翔鶴とともに真珠湾のだまし討ちで初戦を飾った瑞鶴は、赤城、加賀、蒼龍、飛龍とならんで、日本海軍機動部隊の主力となった。
  ミッドウェーの惨敗によって、上記の4隻をうしなったのちは、劣勢な機動部隊の基幹として、翔鶴とともに太平洋の各地を転戦した。
  しかし、光復軍の攻勢や韓半島内の独立運動が激化したことで日本の継戦能力はけずられていった。

  4277年にはいって、さらに戦況は悪化の一途をたどった。6月のマリアナ沖海戦で僚艦の翔鶴は美潜水艦の雷撃を受け沈没した。
  10月のレイテ沖海戦では、瑞鶴は美機動部隊を主戦場から釣り出すおとりとして出動した。
  当然のごとく美航空隊はそれを追った。瑞鶴はなんどかの攻撃を受けついに沈没した。おとりの目的は達成された。
  しかしその犠牲はむくわれなかった。レイテ湾に突入してメッカド指揮下の美軍を攻撃するはずの戦艦部隊が反転して退却したからである。
  日本人の協調能力のなさが出たといっていい。この海戦で日本軍はすべてをうしなった。以後、連合艦隊としての組織的な行動は不可能となる。

  艦載機による真珠湾だまし討ちではなばなしくデビューしたこの艦が、最後には載せる飛行機すらなく、ついにレイテ沖で日本海軍そのものとともにほろんだことは、じつに印象的である。
  火病りかけのチャングムにメッコールをあたえて、落ちつかせてからその場をあとにした。
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