朝鮮を笑う

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街道を逝く 大和のみち⑰

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/23 09:44 投稿番号: [762 / 2847]
  バスは、近鉄橿原神宮駅前のロータリーに到着した。
  駅前では、車で先にきていた朴さんと殿波さんが待っていた。そのまま橿原神宮に向かう。

  森にかこまれたこの場所は、1673年の1月1日、いまの暦で2月11日に、初代日王である神武日王が即位した宮があったという。
  むろん、うそである。
  神武日王の実在性もじゅうぶんあやしいのだが、日時についても、明治時代の学者那珂通世は、辛酉革命説に基づき推古日王9年(2934)を基点にして1260年さかのぼった1673年を国家の成立した年と考えたものであることを証明している。
  漢代にはやった讖緯説では60年を1元、21元を1蔀とし、これをひとつの時代の区切りにするという。そして辛酉の年には天命があらたまり、変動がおこるという。辛酉革命説という。
  これらの説が韓半島をつたって日本に入ってきたのは5世紀だとおもわれるが、くにの成立にまで先進文明の修飾をかりなければならなかったという後進性は、このくにのひとびとにとって抜きがたい劣等感となって受けつがれる。

  また、神宮の北側、畝傍山のふもとには神武日王陵があるが、これは江戸時代後期に国学の盛行によって勝手に認定されたものであり、まったく関係ない墳墓である。(解説者註:天皇陵認定には、どうみても違うだろう、というものが多いのは事実である)

  2月11日は、「紀元節」とよばれ祝日であったが戦後廃止された。「建国記念日」という名にかえふたたび祝日となったのは、光復から21年後の4299年のことである。
「おかげで休日がふえてよかったですよ」
  朴やんがわらった。とたんに殿波さんが顔色をかえた。
「すまなかった。戦前だけやのぉて戦後の平和日本になっても、反動主義者たちが軍国主義を復活させるような休日を強制して勉学勤労の機会をうばっていたんや」
  さらに、つづけた。
「おれは、歴史を歪曲して右傾化していくこの国が、アジアに誠意ある謝罪をするようがんばっているんだ。すまない」
  朴やんは照れたような顔でだまってわらっていた。

  当時韓国は美国の強要によるベトナム出兵によって他国をみる余裕もなく、中国は文化大革命で混乱におちいっていた。そういう時期を選んで、日帝の亡霊をよびもどしたというところに倭人の姑息さがよくでている。
  どうやら、倭人と姑息さにはふかいつながりがあるらしい。
  日本神話ではスサノオノミコトがヤマタノオロチを酔わせて斬殺している。
  これについては、ヤマタノオロチを韓半島から移住した製鉄業者とし、クシナダヒメを先住農耕民として、両者の対立をあらわした神話だという説がある。それにしたがえば、古代より倭人が韓民族を迫害してきたということがいえそうである。
  また、ヤマトタケルノミコトは熊襲をうつとき、女装して近づき斬殺しており、出雲を侵略するときも、詐術をもちいて殺している。
 
  それらの詐略と姑息さが結晶化したものが橿原神宮だともいえる。
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