斜め上の雲 66
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/29 09:52 投稿番号: [1666 / 2847]
朴正煕は、中央情報部(KCIA)部長である金戴圭によって射殺された。
七九年十月二十六日夜のことである。
この夜、青瓦台近くの安全家屋で、朴大統領は、金部長と大統領警護室長の車智茢、秘書室長の金桂元と酒宴をひらいていた。ほかには宴席のホステスをつとめた歌手の沈守峰と女子大生でモデルだった申才順がいた。
ふだんは酒席では政治のはなしをしなかったがこの日はちがった。時局への対応について金部長と車室長が口論となったのである。
当時労働争議が激化し、学生による反政府デモも頻発しており、それらに対して強硬姿勢をとることを主張していた車室長と穏健路線を主張する金部長は大統領の前でも口論をしていた。大統領は車室長の強硬姿勢を評価していたが、宥めにかかるのがつねであった。
だがこの日、朴は車室長の論をおおいにほめ、反政府学生らが釜山の米国文化館を占拠した事件について金部長の責任を追求した。車もそれに和して批判を加えてきた。酒のせいもあってかれらの口吻はとげとげしく、金桂元はなんどか話題をかえようとしたがむだであった。
金戴圭は、窮した。
狐は強い狐に追いつめられると、自分の脚を噛みちぎったりして自傷行為をするそうだが、金の場合もそれに似ていた。
いったん席を辞した金部長は、離れた本館にある執務室にゆきワルサーPPKを懐に入れてもどってくると、廊下に腹心の朴興柱秘書官と朴善浩儀典課長をよび、
「きみたちは部屋の前に控えろ。もし銃声がしたらそれは車警護室長の謀反である。警護員たちも一味だ。ただちにかれらを殺せ」
と命じた。その面相が尋常ではなかったため二人は翻意するよう説得したが、不可であることを知るとうなずくしかなかった。
金が宴席にもどると、朴らは沈守峰のギターにあわせて歌をうたっていた。金はしばらく飲食していたが、
「殺す」
しぼり出すように日本語で低くつぶやくと、右隣に座っている金秘書室長の肩を叩いてそっとささやいた。
「兄さん、閣下によくお仕えしてください」
金戴圭は士官学校時代から金桂元に兄事していた。金秘書室長がふりむいたとき、かれはすでに拳銃をぬいていた。
「閣下!こんな虫けらのようながきと政治ができますかァッ」
とさけんで左前方に座っていた車警護室長に発砲した。弾はとっさにかばって出した右手首を貫通し、車はまろぶようにして逃げだした。ふらふらと立ちあがった金はそれを追おうとした。
「なにをやっておるか」
朴は背筋を伸ばしてあぐらをかいたまま雷のような声で叱責した。金は文字どおり雷鳴にうたれたかのようにからだをふるわせると、一瞬ためらったのち大統領を撃った。
「野獣の心で維新の心臓を撃った」
と、のちに金はいったが、本当のところはどうであったのだろう。つづいて二発めを撃とうとしたが弾が出ない。部屋の外へ走りでた。
そのとき照明が消えた。ボイラー室係員が銃声を電源ショートの音とかんちがいして安全家屋の主電源をきったのである。
「電気をつけろ」
金秘書室長はそうさけびながら部屋の外へ出た。
七九年十月二十六日夜のことである。
この夜、青瓦台近くの安全家屋で、朴大統領は、金部長と大統領警護室長の車智茢、秘書室長の金桂元と酒宴をひらいていた。ほかには宴席のホステスをつとめた歌手の沈守峰と女子大生でモデルだった申才順がいた。
ふだんは酒席では政治のはなしをしなかったがこの日はちがった。時局への対応について金部長と車室長が口論となったのである。
当時労働争議が激化し、学生による反政府デモも頻発しており、それらに対して強硬姿勢をとることを主張していた車室長と穏健路線を主張する金部長は大統領の前でも口論をしていた。大統領は車室長の強硬姿勢を評価していたが、宥めにかかるのがつねであった。
だがこの日、朴は車室長の論をおおいにほめ、反政府学生らが釜山の米国文化館を占拠した事件について金部長の責任を追求した。車もそれに和して批判を加えてきた。酒のせいもあってかれらの口吻はとげとげしく、金桂元はなんどか話題をかえようとしたがむだであった。
金戴圭は、窮した。
狐は強い狐に追いつめられると、自分の脚を噛みちぎったりして自傷行為をするそうだが、金の場合もそれに似ていた。
いったん席を辞した金部長は、離れた本館にある執務室にゆきワルサーPPKを懐に入れてもどってくると、廊下に腹心の朴興柱秘書官と朴善浩儀典課長をよび、
「きみたちは部屋の前に控えろ。もし銃声がしたらそれは車警護室長の謀反である。警護員たちも一味だ。ただちにかれらを殺せ」
と命じた。その面相が尋常ではなかったため二人は翻意するよう説得したが、不可であることを知るとうなずくしかなかった。
金が宴席にもどると、朴らは沈守峰のギターにあわせて歌をうたっていた。金はしばらく飲食していたが、
「殺す」
しぼり出すように日本語で低くつぶやくと、右隣に座っている金秘書室長の肩を叩いてそっとささやいた。
「兄さん、閣下によくお仕えしてください」
金戴圭は士官学校時代から金桂元に兄事していた。金秘書室長がふりむいたとき、かれはすでに拳銃をぬいていた。
「閣下!こんな虫けらのようながきと政治ができますかァッ」
とさけんで左前方に座っていた車警護室長に発砲した。弾はとっさにかばって出した右手首を貫通し、車はまろぶようにして逃げだした。ふらふらと立ちあがった金はそれを追おうとした。
「なにをやっておるか」
朴は背筋を伸ばしてあぐらをかいたまま雷のような声で叱責した。金は文字どおり雷鳴にうたれたかのようにからだをふるわせると、一瞬ためらったのち大統領を撃った。
「野獣の心で維新の心臓を撃った」
と、のちに金はいったが、本当のところはどうであったのだろう。つづいて二発めを撃とうとしたが弾が出ない。部屋の外へ走りでた。
そのとき照明が消えた。ボイラー室係員が銃声を電源ショートの音とかんちがいして安全家屋の主電源をきったのである。
「電気をつけろ」
金秘書室長はそうさけびながら部屋の外へ出た。
これは メッセージ 1664 (toapanlang さん)への返信です.
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