朝鮮を笑う

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斜め上の雲 61

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/21 15:34 投稿番号: [1644 / 2847]
  一八九四年、清軍二万のまもる平壌を攻略するため、日本軍は、京城から主要街道の義州街道を北進する大島義昌少将の混成旅団と野津道貫中将の第五師団主力(四個歩兵大隊)、その東を並走する朔寧街道をすすむ立見尚文少将の支隊(二個歩兵大隊)、東海岸の元山に上陸、成川街道を西進する佐藤正大佐の第十八連隊が三方からせまった。
  教科書どおりの分進合撃である。はげしい戦闘のすえ平壌は陥ち、清軍の猛将左宝貴は戦死、総司令官の葉志超は開城降伏と偽って白旗を揚げて夜陰にまぎれて遁走した。

  その半世紀後、国連軍はほぼ同じ状況で平壌を陥としたが、中国軍の攻勢によって二ヵ月後に奪いかえされた。
「なぜ、あんなにかんたんにやられたのか」
  朴、全、盧は当時前線で戦っていた。その疑問ももっともである。
「成川をうしなったからです」
  錫元のこたえは明快であった。
  元山に上陸した第十軍団と平壌の第八軍の連携がとれずに、平壌と元山の中間点の要衝である成川をうしなって分断されたのが原因であるという。
「部隊どうしの連携か。これは経済も同じだな。各分野でばらばらに生産をおこなっても無駄ばかりだ。戦略目標をさだめてしっかり連携をとってたがいに協力させねば」
  朴はそううなった。

  かなり酒がまわってきた。
「それにしても、日本はけしからんですな」
  軍人のたれかがそういった。かつて統治したことをなじっているようだが、経済援助の規模や実施方法についての不満もあったのかもしれない。
「まあ、待て」
  朴はそういって、杯をおいた。
「わたしは、みんなも知ってのとおり貧農の出身だ。まっとうな教育を受けられるものではなかった」
  錫元をはじめ一同はききいるしかない。
「だが、日本の統治下では義務教育がしかれ学校にゆくことができた。そういう機会があたえられただけでも日本には恩義がある」
  ――むろん、欠点もあったが、
「おおむね、日本人は公平にやったとおもう」
  朴はそういって、杯をあげてマッコルリをあおった。

  朴の独白はつづく。
「韓日基本条約をたった五億ドルで妥協したとののしる声もあるが、すみやかな条約締結による日本資本の導入こそが必要だったのだ」
  日韓たがいの請求額をまっとうに算出すれば、日本が朝鮮半島に残した資産のほうがはるかに多く、韓国の要求額を払ったとしてもじゅうぶんお釣りがくるという試算があることはすでにふれた。結局、西側の結束と発展という戦略目的のため、たがいの請求権を放棄して条約は妥結された。
「しかし、日本は独島の領有権を主張しています。あれはわれわれの島です」
  べつの軍人がいう。
「李承晩先生がよけいなことをしてくれた」
  朴はそういった。その口調はややにがい。
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