朝鮮を笑う

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斜め上の雲 52

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/07/03 01:54 投稿番号: [1610 / 2847]
  白善菀は、
「民弊」
  ということばをしきりにつかった。
  民に負担をかけて弊(つい)えさせることをさすが、たんに他者に迷惑をかけることもいう。どうやら朝鮮語ではよくつかわれることばであるらしい。
  かれによれば、軍隊が民間人から物資を購入するときや民家を宿舎として借りあげるときに、正当な代価をはらわないことも当然民弊にあたるという。
「水一杯でもただで飲むな」
  とまでいった。
  民衆は、軍服を着て兵器を持った将兵が往来するのをみるだけでも重圧を感じる。その重圧もまた民弊であるという。そのため民衆の前ではできるだけ笑顔でおだやかにふるまうべきだといった。

  ゲリラは硬軟とり混ぜた戦術で民衆をおどし、すかし、おだてて、かれらを支持せざるをえない状況に追いこむ。その状況を察せず単に匪賊への協力者として断罪すれば、ますます信をうしなうことになる。
  けっして民衆をゲリラのがわに追いやってはならない。白はそう断言した。
「民衆とゲリラを切りはなすことができれば六割方は成功だ」
  この点については、白は確信をもっている。

  錫元は出征をひかえて一度帰郷した。実家では末弟金華秉が一歳になっている。
  華秉がうまれたとき家計が貧窮をきわめ(いまもそうだが)、父の信五が、このあかん坊は海外養子にでもやらにゃどもならん、といったのを、陸軍中佐に昇進していた錫元が「外国にやってはいけませぬ。わたしの給料で、ハモニカ・カルビほどお金をおつくりいたします」といったのだが、むろん華秉はそんなことを理解できる年齢ではない。ただものめずらしそうに錫元を見上げている。

「父上さま、約束どおりお金をこしらえることができました」
  大佐になり、今回の出征で連隊長にもなったため、いくばくかの手当もつくようになったのである。また、他の弟たちも就職が決定したので学資負担も減った。これで、かつて約束したように華秉の養育のためのお金ができた。
「まだまだ金を送りますので、華秉をうえの学校にやってくださいませ」
  錫元は、「父上さま、これはお願い申しあげます」と真顔でいった。華秉を助けてやってくださいといった中佐のときの言葉を、錫元は大まじめでまもろうとしていた。

「ベトナムとはどんなところだ」
  父信五はたずねた。多くの韓国人にとっては縁のない土地であろう。錫元にしても、暑いところだというくらいしか知識はない。
「暑いのか。それではキムチが保たんだろうなぁ」
  残念そうに信五は首をふった。
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