解説:斜め上の雲 52
投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/07/03 11:25 投稿番号: [1611 / 2847]
「民弊」については白善菀の著書が元ネタです。どうも朝鮮語ではよくつかうことばらしいです。
ゲリラ討伐についての白善菀の主張は、彼の回顧録『若き将軍の朝鮮戦争』を元ネタにしています。
>華秉がうまれたとき家計が貧窮をきわめ(いまもそうだが)、父の信五が、このあかん坊は海外養子にでもやらにゃどもならん、といったのを、陸軍中佐に昇進していた錫元が「外国にやってはいけませぬ。わたしの給料で、ハモニカ・カルビほどお金をおつくりいたします」といったのだが、むろん華秉はそんなことを理解できる年齢ではない。ただものめずらしそうに錫元を見上げている。
>「まだまだ金を送りますので、華秉をうえの学校にやってくださいませ」
錫元は、「父上さま、これはお願い申しあげます」と真顔でいった。華秉を助けてやってくださいといった中佐のときの言葉を、錫元は大まじめでまもろうとしていた。
元ネタは、1巻、士官学校時代の好古が帰郷したときの話です。以下原文。
≫「逃がさんぞな。兄(あに)さんにあいさつお申し。あの兄さんは兄さんであるだけでなしにお前にとっちゃ命の恩人ぞな」
(それがいやなんじゃ)
と、真之はおもった。真之がうまれたとき家計が貧窮をきわめ(いまもそうだが)、父の久敬が、このあかん坊は寺ィでもやらにゃ育てられん、といったのを、十歳になった好古が「寺ィやっちゃいやぞな。おっつけうちが勉強してお豆腐ほどお金をこしらえてあげるけん」といったということを真之は両親からさんざんきかされてきた。
(中略)
「二年経ってあしが少尉になると、淳は小学校を出る。金を送るけん、淳を中学に入れてやってくだされ」
好古は、「父さんこれは約束ぞな」と真顔でいった。真之を助けてやってくれといった十歳のときの言葉を、好古は大まじめでまもろうとしていた。
これは メッセージ 1610 (toaniuniu05 さん)への返信です.
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