朝鮮を笑う

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斜め上の雲 12

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/02/26 09:40 投稿番号: [1238 / 2847]
  首都師団は、安東の南を流れる洛東江を背にして、文字どおり背水の陣をひいている。
  撤退するためには洛東江にかかる橋をわたらなくてはならない。それに避難民もいる。軍民の移動をよほどうまくやらなくては混乱をきたすばかりか、全軍潰滅のおそれさえある。
  げんに、ソウル撤退時には橋の爆破を実行したときに避難民を巻きこんだ大惨事がおこっている。
  それをたった1時間でやれという。
  しかも時刻は午前2時である。なぜ制空権の確保できている現況において、昼間の撤退をしないのかという不手際もある。

  金錫源にとっては、そういったことよりも、今は不退転の決意だけが味方を奮いたたせるとして、敵味方に徹底抗戦の決意をしめすようにひいた背水の陣をくずすのがしゃくである。
  金錫源は司令部へ電話をかけ、副軍団長の金白一准将に皮肉をあびせた。
「退却がお好きなようだが、退却するだけで勝てるのかね」
  戦況がかんばしくないため准将も気がたっている。元来金錫源とおなじく猛将であるかれはたたきつけるようにいった。
「命令です。後退は命令です」
  受話器を床にたたきつけた金師団長は、にわかに狂した。
「生きて退却ができるかァ」
  とさけび、腰の拳銃をぬいてみずからのこめかみにおしつけた。
  錫元がとっさに腕にしがみついたが振りはらわれた。崔参謀長がさらに腕にとりつき涙を流して説得して、師団長はようやく撤退を承諾した。
  その後首都師団は、日本海に面した盈徳にすすみ、東部戦線を守ることとなった。

  開戦から破竹の進撃をつづけてきた北朝鮮軍も内情は苦しい。
  一気呵成に李承晩を半島から追い落とし、5回目の光復節をソウルでむかえたいというのが金日成首相の指令であった。そのため、損害をかえりみずしゃにむにここまで戦ってきている。
  しぜん、戦力補充も追いつかず、兵員も各師団で上限80パーセント程度の充足率にまでおちこんでいた。戦車にいたっては補充はなかった。
  補給もうまくいっていない。緒戦こそ計画的に備蓄された弾薬食糧があったものの、ソウルを陥とし南側に本格的にすすんでからは、輜重隊が米空軍によって襲われ、のびきった兵站線がときに寸断されるようになったのである。
  弾薬はともかく、食糧は地域住民からの調達にたよらざるをえなかった。戦況がよいときでさえ、こういった行動が円滑におこなわれることはまずない。当然のごとくうまくいかなかった。
「ことしの8月15日はソウルで統一国会を開催する」
  そう豪語する金日成もいらだっていたのであろう。戦線がすこし膠着するだけで、服でも着がえるように師団長や参謀たちをかんたんに更迭した。そのため軍上層部には一種奇妙な倦怠感があったともいわれている。しかし兵卒たちにおいてはその戦意はなおさかんであり、米軍もまともに抗することができなかった。
  金錫源は、盈徳の救援が間にあいそうにないとみて、進路をかえて南の浦項に入り防禦線を構築することにした。
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