隠州視聴合紀・国代記の解釈について
投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/05/10 21:42 投稿番号: [9363 / 18519]
現在、隠州視聴合紀を読んでいるのですが、読むに当たって私が考えていることをちょっと書いておこうと思います。
まず、問題になっている国代記の一節を再度見てみます。
隱州在北海中故云隱岐嶋
(中略)
從是南至雲州美穂關三十五里
辰巳至伯州赤崎浦四十里
未申至石州温泉津五十八里
自子至卯無可徃地
戊(ママ)亥間行二日一夜有松島
又一日程有竹島
俗言磯竹島多竹魚海鹿
此二島無人之地
見高麗如自雲岐(ママ)望隱岐(ママ)
然則日本之乾地以此州為限矣
この文章だけを見て他の史料のことを考えない限り、私は、竹島松島を日本領とする解釈と、そうでないとする解釈とのどちらも可能だと考えています。試みにその両方の解釈を以下に示します。テキストに書いていない文を説明のため補った個所には★を、二つの解釈で内容の異なる個所には●を、それぞれ付けてあります。
----------------------
A.竹島松島を日本領とする解釈
隠州は、北の海の中にある。それ故、隠岐島という
隠州から見てそれぞれの方位にある日本の領地について以下に説明する。(★●)
南に35里のところに雲州美穂関がある。
南東に40里のところに伯州赤崎浦がある。
南西に58里のところに石州温泉津がある。
北から東にかけては、行っても行ってもたどり着く土地がない。
北西に2日行くと、松島(竹島=独島)がある。
さらに1日行くと竹島(鬱陵島)がある。
これは俗に言う磯竹島のことである。竹、魚、アシカが多い。
この二島は無人島である。
ここから朝鮮国を見ると、あたかも出雲から隠岐を眺めるように見える。(●)
つまり、朝鮮と向かい合う最先端の土地である。(★●)
なので、竹島(鬱陵島)が日本の北西の国境となる。(●)
----------------------
B.竹島松島を日本領ではないとする解釈
隠州は、北の海の中にある。それ故、隠岐島という
隠州から見てそれぞれの方位にある土地について以下に説明する。(★●)
南に35里のところに雲州美穂関がある。
南東に40里のところに伯州赤崎浦がある。
南西に58里のところに石州温泉津がある。
北から東にかけては、行っても行ってもたどり着く土地がない。
北西に2日行くと、松島(竹島=独島)がある。
さらに1日行くと竹島(鬱陵島)がある。
これは俗に言う磯竹島のことである。竹、魚、アシカが多い。
この二島は無人島である。
ここから朝鮮半島を見ると、あたかも出雲から隠岐を眺めるように見える。(●)
無人の、したがって日本人が住んでおらず、朝鮮半島が見える程に近い島を日本の領土とは言い難い。(★●)
なので、隠州が日本の北西の国境となる。(●)
----------------------
いずれも決定的な根拠がなく、私はまだどちらの解釈が正しいか判断できません。
話が逸れますが、ネット上で視聴合紀についての意見を探すと、韓国側が国代記冒頭部の、更に一部だけを取り出して不当な解釈をしているという批判をしばしば見掛けます。私は韓国側がこの問題について論じた文献を直接見たことがないので、その批判が妥当かどうかについてはコメントできませんが、上に書いたように、文章全体を見てもなお竹島松島が日本領でないという解釈は可能だと思っています。
さて、この問題について私が重要だと考えることの一つは、視聴合紀における「州」という字の使われ方です。仮に、視聴合紀全体を読んだ時に「州」を「島」の意味で頻繁に使っているならば、「此州」は竹島(鬱陵島)を指している可能性が高くなります。その場合は、たとえ辞書の「州」の項目に「島」の意味が載っていなくても関係ありません。逆に「州」と「島」が区別して使われていることが明瞭に見てとれるのであれば、国代記冒頭の「此州」は隠州ということになるでしょう。
もう一つ重要な点に、竹島渡海事業の性格が国内への渡航だったのか、国外への渡航だったのかという問題がありますが、これは #9312 で述べたようにひとまず脇へ置いて、隠州視聴合紀のテキストのみから何が分かるかを考えたいと思っています。
なお、竹島と松島が隠州に含まれるという説については、#9311 に書いた疑問が解決していないので、今のところ考慮しません。
以上のような考察を踏まえて、私なりに隠州視聴合紀を読んでみるつもりです。
ここで述べたことについて、識者の方のご批判やご忠告がいただければ幸いです。
追伸.
隠州視聴合紀における「州」の字の使われ方を調べた学術論文をご存知の方は是非教えてください。今まで誰もやっていない訳は無いような気もするのですが…
まず、問題になっている国代記の一節を再度見てみます。
隱州在北海中故云隱岐嶋
(中略)
從是南至雲州美穂關三十五里
辰巳至伯州赤崎浦四十里
未申至石州温泉津五十八里
自子至卯無可徃地
戊(ママ)亥間行二日一夜有松島
又一日程有竹島
俗言磯竹島多竹魚海鹿
此二島無人之地
見高麗如自雲岐(ママ)望隱岐(ママ)
然則日本之乾地以此州為限矣
この文章だけを見て他の史料のことを考えない限り、私は、竹島松島を日本領とする解釈と、そうでないとする解釈とのどちらも可能だと考えています。試みにその両方の解釈を以下に示します。テキストに書いていない文を説明のため補った個所には★を、二つの解釈で内容の異なる個所には●を、それぞれ付けてあります。
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A.竹島松島を日本領とする解釈
隠州は、北の海の中にある。それ故、隠岐島という
隠州から見てそれぞれの方位にある日本の領地について以下に説明する。(★●)
南に35里のところに雲州美穂関がある。
南東に40里のところに伯州赤崎浦がある。
南西に58里のところに石州温泉津がある。
北から東にかけては、行っても行ってもたどり着く土地がない。
北西に2日行くと、松島(竹島=独島)がある。
さらに1日行くと竹島(鬱陵島)がある。
これは俗に言う磯竹島のことである。竹、魚、アシカが多い。
この二島は無人島である。
ここから朝鮮国を見ると、あたかも出雲から隠岐を眺めるように見える。(●)
つまり、朝鮮と向かい合う最先端の土地である。(★●)
なので、竹島(鬱陵島)が日本の北西の国境となる。(●)
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B.竹島松島を日本領ではないとする解釈
隠州は、北の海の中にある。それ故、隠岐島という
隠州から見てそれぞれの方位にある土地について以下に説明する。(★●)
南に35里のところに雲州美穂関がある。
南東に40里のところに伯州赤崎浦がある。
南西に58里のところに石州温泉津がある。
北から東にかけては、行っても行ってもたどり着く土地がない。
北西に2日行くと、松島(竹島=独島)がある。
さらに1日行くと竹島(鬱陵島)がある。
これは俗に言う磯竹島のことである。竹、魚、アシカが多い。
この二島は無人島である。
ここから朝鮮半島を見ると、あたかも出雲から隠岐を眺めるように見える。(●)
無人の、したがって日本人が住んでおらず、朝鮮半島が見える程に近い島を日本の領土とは言い難い。(★●)
なので、隠州が日本の北西の国境となる。(●)
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いずれも決定的な根拠がなく、私はまだどちらの解釈が正しいか判断できません。
話が逸れますが、ネット上で視聴合紀についての意見を探すと、韓国側が国代記冒頭部の、更に一部だけを取り出して不当な解釈をしているという批判をしばしば見掛けます。私は韓国側がこの問題について論じた文献を直接見たことがないので、その批判が妥当かどうかについてはコメントできませんが、上に書いたように、文章全体を見てもなお竹島松島が日本領でないという解釈は可能だと思っています。
さて、この問題について私が重要だと考えることの一つは、視聴合紀における「州」という字の使われ方です。仮に、視聴合紀全体を読んだ時に「州」を「島」の意味で頻繁に使っているならば、「此州」は竹島(鬱陵島)を指している可能性が高くなります。その場合は、たとえ辞書の「州」の項目に「島」の意味が載っていなくても関係ありません。逆に「州」と「島」が区別して使われていることが明瞭に見てとれるのであれば、国代記冒頭の「此州」は隠州ということになるでしょう。
もう一つ重要な点に、竹島渡海事業の性格が国内への渡航だったのか、国外への渡航だったのかという問題がありますが、これは #9312 で述べたようにひとまず脇へ置いて、隠州視聴合紀のテキストのみから何が分かるかを考えたいと思っています。
なお、竹島と松島が隠州に含まれるという説については、#9311 に書いた疑問が解決していないので、今のところ考慮しません。
以上のような考察を踏まえて、私なりに隠州視聴合紀を読んでみるつもりです。
ここで述べたことについて、識者の方のご批判やご忠告がいただければ幸いです。
追伸.
隠州視聴合紀における「州」の字の使われ方を調べた学術論文をご存知の方は是非教えてください。今まで誰もやっていない訳は無いような気もするのですが…
これは メッセージ 9312 (te2222000 さん)への返信です.
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