竹島=独島問題、櫻井よしこ氏を批判する1
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/04/10 19:50 投稿番号: [8504 / 18519]
半月城です。
櫻井よしこ氏が<「竹島」領有権を検証する>と題して週刊新潮に記事を書いていますので、この記事が妥当なのかどうか検証したいと思います。
記事を具体的に見る前の準備として、重要な朝鮮の古文書をみておきたいと思います。江戸時代、今日の竹島=独島は日本で松島、鬱陵島は竹島と呼ばれていましたが、松島は朝鮮でいう于山島であり、朝鮮領とする重大な記述が朝鮮の史書『東国文献備考』輿地考にあります。
この史書は1770年、朝鮮の文物や制度を集大成した類書として刊行された官撰書ですが、この書の一分類である「輿地考」に于山島がこう記されました。
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『東国文献備考』「輿地考」(1770)
于山島 鬱陵島
東350里に在り 鬱は一に蔚と作る ・・・
輿地志がいうには 鬱陵 于山は皆 于山国の地 于山はすなわち倭がいうところの松島なり(注1)
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このように「輿地考」は『輿地志』の記述を引用して、于山島が日本の松島(竹島=独島)であると記録し、朝鮮の領有意識を示しました。さらに、この書は1908年に『増補文献備考』として増訂されたので、朝鮮では于山島は朝鮮領で日本でいう松島という認識が百数十年後にも再確認されたことになります。
こうした『東国文献備考』の記述は、日本にとってきわめて不利な書であるだけに、それを必死でほじくり返したのが下條正男氏でした。また、その下條説を無批判に採用したのが櫻井よしこ氏で、問題の『週刊新潮』(05.04.07)にこう記しました。
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改竄された歴史書
問題はこの文献(『東国文献備考』)に登場する于山島が、本当に日本の松島、つまり現在の竹島なのかである。結論から言えば、于山島は竹島ではなかった。下條教授が説明した。
「韓国側の主張の根拠、東国文献備考に引用されている『輿地志』はすでに存在しません。当然、輿地志の記述が本当にそのようになっているのか否かは確認できません。
そこで輿地考の底本である『疆界考(きょうかいこう)』を検証しました。するとそこには<輿地志>に云う。一説に于山鬱陵本一島>と書かれています。つまり于山島も鬱陵島も同じ島だと書かれているわけです。
重要なのは、この記述の跡に疆界考を著した人物の所見として、<而(しか)るに諸図志を考えるに、二島なり。一つは則ち基(其の誤り、半月城注)の所謂(いわゆる)松島にして、蓋(けだ)し二島ともに于山国なり>と書かれていることです。
元々の輿地志には于山島が松島であり、日本の竹島であるとは一切書かれていなかった。のみならず、于山島は鬱陵島のことだと記されていた。にもかかわらず、18世紀に著された疆界考の解説の中で于山島は松島だという主張が作られていったのです。それが『輿地考』で更に改竄されたのです」
つまり、512年から竹島は朝鮮領だったという主張は成り立たないのだ。韓国側の主張する最も古い歴史的根拠が改竄によるものだったと、文献を示して証明したのは下條教授が初めてである。事実に沿って検証するという意味で日韓両国にとって非常に意味深い。
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(つづく)
櫻井よしこ氏が<「竹島」領有権を検証する>と題して週刊新潮に記事を書いていますので、この記事が妥当なのかどうか検証したいと思います。
記事を具体的に見る前の準備として、重要な朝鮮の古文書をみておきたいと思います。江戸時代、今日の竹島=独島は日本で松島、鬱陵島は竹島と呼ばれていましたが、松島は朝鮮でいう于山島であり、朝鮮領とする重大な記述が朝鮮の史書『東国文献備考』輿地考にあります。
この史書は1770年、朝鮮の文物や制度を集大成した類書として刊行された官撰書ですが、この書の一分類である「輿地考」に于山島がこう記されました。
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『東国文献備考』「輿地考」(1770)
于山島 鬱陵島
東350里に在り 鬱は一に蔚と作る ・・・
輿地志がいうには 鬱陵 于山は皆 于山国の地 于山はすなわち倭がいうところの松島なり(注1)
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このように「輿地考」は『輿地志』の記述を引用して、于山島が日本の松島(竹島=独島)であると記録し、朝鮮の領有意識を示しました。さらに、この書は1908年に『増補文献備考』として増訂されたので、朝鮮では于山島は朝鮮領で日本でいう松島という認識が百数十年後にも再確認されたことになります。
こうした『東国文献備考』の記述は、日本にとってきわめて不利な書であるだけに、それを必死でほじくり返したのが下條正男氏でした。また、その下條説を無批判に採用したのが櫻井よしこ氏で、問題の『週刊新潮』(05.04.07)にこう記しました。
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改竄された歴史書
問題はこの文献(『東国文献備考』)に登場する于山島が、本当に日本の松島、つまり現在の竹島なのかである。結論から言えば、于山島は竹島ではなかった。下條教授が説明した。
「韓国側の主張の根拠、東国文献備考に引用されている『輿地志』はすでに存在しません。当然、輿地志の記述が本当にそのようになっているのか否かは確認できません。
そこで輿地考の底本である『疆界考(きょうかいこう)』を検証しました。するとそこには<輿地志>に云う。一説に于山鬱陵本一島>と書かれています。つまり于山島も鬱陵島も同じ島だと書かれているわけです。
重要なのは、この記述の跡に疆界考を著した人物の所見として、<而(しか)るに諸図志を考えるに、二島なり。一つは則ち基(其の誤り、半月城注)の所謂(いわゆる)松島にして、蓋(けだ)し二島ともに于山国なり>と書かれていることです。
元々の輿地志には于山島が松島であり、日本の竹島であるとは一切書かれていなかった。のみならず、于山島は鬱陵島のことだと記されていた。にもかかわらず、18世紀に著された疆界考の解説の中で于山島は松島だという主張が作られていったのです。それが『輿地考』で更に改竄されたのです」
つまり、512年から竹島は朝鮮領だったという主張は成り立たないのだ。韓国側の主張する最も古い歴史的根拠が改竄によるものだったと、文献を示して証明したのは下條教授が初めてである。事実に沿って検証するという意味で日韓両国にとって非常に意味深い。
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(つづく)
これは メッセージ 8296 (hangetsujoh さん)への返信です.
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