一応、直して置きます
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/12/12 01:14 投稿番号: [6384 / 18519]
さきほどの書き込みに、内藤氏の原文(脚注番号)に誤植があり、原典を間違ったので、直して置きます。何度も訂正を入れて申し訳ありません。
>「明治32,3年頃から通漁、特に36年イカの饒産を発見するや、入植者急に増加す。朝鮮もこれにならってイカ釣開始。この頃奥村平太郎潜水器及びサザエ、さば缶詰開始。日露役後移住者急増、35,6年頃から邦人も海藻採集を開始したが、単独経営ではなく全部島人との共同経営。潜水器業者も早くから来島し、あわび採取、その人夫に朝鮮人を使用、大正4年頃にはすでに大分県人40人来漁移住、39年小学校開設、本島産のするめは専ら隠岐島人の開拓で、42,3年頃から石見、境、米子の商人が専門の運搬船をもって取引し、ほとんどするめと米の物々交換であった。」(古田敬市「朝鮮水産開発史」1954年、内藤正中「竹島[鬱陵島]をめぐる日朝関係史」p.156.より孫引き)
今日はどうもへろへろなので、今日のところはこれでこのトピでの書き込みを打ち止めにします。
これは メッセージ 6379 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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