この資料
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/12/12 01:07 投稿番号: [6383 / 18519]
付き合わせてみると、どうも理解に苦しみますね。なお、先ほどの資料ですが、内藤氏の本に誤植があり、脚注番号がずれていました。「島根県統計書」ではなく、古田敬市「朝鮮水産開発史」(1954)によるもののようです。
とにかく、この時期に日本人がすでに訪れており、イカ漁に携わっていたことはこの古田氏の資料に、先ほどの引用で、
…明治32,3年頃から通漁、特に36年イカの饒産を発見するや、入植者急に増加す。朝鮮もこれにならってイカ釣開始。
と示したとおりです。さきに触れたとおり私は断言はする気はありませんが、イカ漁に日本人の影響の可能性は充分に考える余地はあるかと思うという話です。
鬱陵島での漁業がこの時期においてまだ必ずしも規模が大きいものではなかったことは、不勉強な私としてはあらたな収獲でした。
李圭遠が鬱陵島をたずねたときに于山島の存在に気づかなかったのも、実は本当に島民たちも竹島(独島)の存在を知らなかった可能性もあるのかと、ふと思ったり。こうして見てみると、確かに李圭遠の日記には漁業の話よりは林業の話が出てきているような感じですし。実際に、この時期には漁業は微々たるものだったのかな、と、ちょっとこれから勉強してみようかと思っています。
これは メッセージ 6381 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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