猫の目の外務省見解(改訂)1
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/07/18 22:30 投稿番号: [5487 / 18519]
半月城です。
RE:5279、ahirutousagi2さんからの情報を加味して #5298を下記のように書きかえます。
++++++++++++++
クナシリなど「北方領土」に対する外務省の見解は、猫の目のようにクルクル変わるようです。
RE:5279、ahirutousagi2さん
>外務省の公式ホームページをご覧ください。「不法占拠」です。以前はそう表現された「形跡」はなかったのでしょうか。ちなみに、竹島ももちろん「不法占拠」とされています。
たしかに、今のホームページには「北方領土は、ロシアによる不法占拠が続いている日本固有の領土です」と書かれていました(注1)。しかし、外務省の見解の変遷を調べたところ、外務省は97年ころ「不法占拠論」をいったん放棄したようです。朝日新聞(02.5.19)はこう報じました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「二島先行」97年に構想
外務省、橋本首相に極秘3案
不法占拠論から転換
ロシアとの北方領土交渉打開のため、外務省が97年8月に当時の橋本龍太郎首相のために用意した戦略ペーパー「領土問題解決の今後のオプション(案)の全文が明らかになった。オプション(選択肢)は3案からなる。
・・・
政府は96年、エリツィン大統領が再選されて指導力を増したのを好機ととらえ、対ロ政策の再構築に着手。「対中戦略」として日ロ関係改善が必要との判断もあった。
翌年、橋本首相と大統領の信頼関係が深まったことをてこに交渉打開を狙い、交渉案をまとめた。ペーパーは従来の四島「不法占拠論」を放棄するなど、抜本的な路線転換を示している。・・・
三つの選択肢には重要な共通点がある。(1)ロシアの施政権を暫定的に合法と認める。・・・
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この記事から判断すると、外務省は 97年ころ戦略を転換し、ロシアによる北方4島の統治を「合法」と断定したようでした。この方針のもとに外務省は詳細なパンフレット『われらの北方領土、2000年版』およびその改訂版である2003年版(注2)を発行したとみられます。
そこでは文脈上しぶしぶ「不法占拠」の語を使っているようです。そのためか、外務省が「不法占拠」と考える理由や「不法占拠」の背景などの説明が一切ありません。唐突に「不法占拠」の語が 89年の「北方4島渡航」に関する説明のなかで用いられました。
89年、日本政府は日本人がソ連のビザを取得して北方4島へ行くのを防ぐ政策を取ったのですが、その説明のためにはどうしてもソ連が北方4島を「不法占拠」をしていると書かざるをえません。パンフレットはこう記しました。
「政府としては、広く国民に対し、89年9月19日の閣議了解、官房長官談話で、ソ連の不法占拠下にある北方領土への入域の問題点を指摘しその理解を深め、北方領土問題の解決までの間、このような北方領土への入域を行わないよう要請しました」
この一節からすると、89年ころの日本政府の見解は「不法占拠」が公式見解だったようです。しかし、その根拠はもともと薄弱だったとみえて、その後の政治情勢により見解を変えたようです。それが 97年の新聞報道につながったのでしょう。
といっても、官僚が見解を公的に変えることは、明白な証拠でも突きつけられないかぎり官僚の属性上まず困難と思われます。したがって新聞報道がどうあれ、見解を公式に質問されれば杓子定規に「不法占拠」と答えざるをえないことでしょう。もちろん新聞社に抗議することなどおくびにも出さないことでしょう。それが官僚の保身術です。
(つづく)
RE:5279、ahirutousagi2さんからの情報を加味して #5298を下記のように書きかえます。
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クナシリなど「北方領土」に対する外務省の見解は、猫の目のようにクルクル変わるようです。
RE:5279、ahirutousagi2さん
>外務省の公式ホームページをご覧ください。「不法占拠」です。以前はそう表現された「形跡」はなかったのでしょうか。ちなみに、竹島ももちろん「不法占拠」とされています。
たしかに、今のホームページには「北方領土は、ロシアによる不法占拠が続いている日本固有の領土です」と書かれていました(注1)。しかし、外務省の見解の変遷を調べたところ、外務省は97年ころ「不法占拠論」をいったん放棄したようです。朝日新聞(02.5.19)はこう報じました。
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「二島先行」97年に構想
外務省、橋本首相に極秘3案
不法占拠論から転換
ロシアとの北方領土交渉打開のため、外務省が97年8月に当時の橋本龍太郎首相のために用意した戦略ペーパー「領土問題解決の今後のオプション(案)の全文が明らかになった。オプション(選択肢)は3案からなる。
・・・
政府は96年、エリツィン大統領が再選されて指導力を増したのを好機ととらえ、対ロ政策の再構築に着手。「対中戦略」として日ロ関係改善が必要との判断もあった。
翌年、橋本首相と大統領の信頼関係が深まったことをてこに交渉打開を狙い、交渉案をまとめた。ペーパーは従来の四島「不法占拠論」を放棄するなど、抜本的な路線転換を示している。・・・
三つの選択肢には重要な共通点がある。(1)ロシアの施政権を暫定的に合法と認める。・・・
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この記事から判断すると、外務省は 97年ころ戦略を転換し、ロシアによる北方4島の統治を「合法」と断定したようでした。この方針のもとに外務省は詳細なパンフレット『われらの北方領土、2000年版』およびその改訂版である2003年版(注2)を発行したとみられます。
そこでは文脈上しぶしぶ「不法占拠」の語を使っているようです。そのためか、外務省が「不法占拠」と考える理由や「不法占拠」の背景などの説明が一切ありません。唐突に「不法占拠」の語が 89年の「北方4島渡航」に関する説明のなかで用いられました。
89年、日本政府は日本人がソ連のビザを取得して北方4島へ行くのを防ぐ政策を取ったのですが、その説明のためにはどうしてもソ連が北方4島を「不法占拠」をしていると書かざるをえません。パンフレットはこう記しました。
「政府としては、広く国民に対し、89年9月19日の閣議了解、官房長官談話で、ソ連の不法占拠下にある北方領土への入域の問題点を指摘しその理解を深め、北方領土問題の解決までの間、このような北方領土への入域を行わないよう要請しました」
この一節からすると、89年ころの日本政府の見解は「不法占拠」が公式見解だったようです。しかし、その根拠はもともと薄弱だったとみえて、その後の政治情勢により見解を変えたようです。それが 97年の新聞報道につながったのでしょう。
といっても、官僚が見解を公的に変えることは、明白な証拠でも突きつけられないかぎり官僚の属性上まず困難と思われます。したがって新聞報道がどうあれ、見解を公式に質問されれば杓子定規に「不法占拠」と答えざるをえないことでしょう。もちろん新聞社に抗議することなどおくびにも出さないことでしょう。それが官僚の保身術です。
(つづく)
これは メッセージ 5298 (hangetsujoh さん)への返信です.
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