猫の目の外務省見解(改訂)2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/07/18 22:31 投稿番号: [5488 / 18519]
最近、外務省がふたたび不法占拠論を強調しだした背景ですが、その裏には領土交渉が冷えたことが関係しているのかも知れません。これには今回の参議院選挙で落選した鈴木宗男氏もからんでいるようです。同紙面はこう伝えました。
「今年に入って表面化した四島支援事業などをめぐる鈴木代議士の疑惑や、同代議士の領土外交への介入を許した東郷氏らの更迭などをきっかけに、領土交渉は再び冷え始めている」
結局、外務省は不法占拠論を97年に撤回し、最近ふたたび見解を変えて不法占拠論を強調しだしたもようです。しかし、もしロシアの統治を不法占拠とするなら、いつから不法占拠と断定するのか、外務省に問いただしたいところです。
その時期をあえて詮索するなら、それは次の二点にしぼられるでしょうか。
(1)戦時中、ロシアが北方4島を占領した時
(2)1952年、対日講和条約発効時
(1)ですが、生半可な知識をもった人は、ロシアが北方4島を最終的に占領したのは9月なので戦後ではないのかと思うかもしれませんが、狼どもの国際法によれば、それは戦時中という解釈になります。
さらに狼どもの国際法では、宣戦布告をして軍事力で他国を占領するのは合法とされていますので、(1)の時点で不法占拠とみなすのは困難ではないかと思います。もっとも宣戦布告が国際法違反であるという論理が成り立つのなら話は別ですが、狼どもの国際法で宣戦布告は無条件で容認されていたようです。
ちなみに、日本政府はさかんにソ連が「日ソ中立条約」に違反して宣戦布告したようなことを喧伝していますが、帝国主義国家が覇権を争う時代にあって、平和条約や中立条約などは狐と狸の化かしあいみたいなものです。つまるところ、宣戦布告の前に真珠湾やマレー半島を攻撃した日本が条約違反を口にするのは、狼を前にした負け犬の遠吠えにすぎないといえます。
また、よしんば宣戦布告が無効だとしても、1946年 最終的ではないにせよ連合国指令 SCAPIN 677号で四島は日本から切り離されたので、この時点でソ連の占領を不法占拠とみなすのはさらに困難となります。
つぎに(2)の対日講和条約発効時ですが、ソ連は対日講和条約を拒否したのでこれは問題外です。ソ連が調印していない条約で、ソ連が既得権益としてもっている四島の統治権が剥奪されるなんてことは、国際法を持ちだすまでもなく常識的にも考えられません。
これは竹島=独島の場合も同様です。SCAPIN 677号で日本から切り離された同島は、対日講和条約発効時には韓国政府が統治していました。その既得統治権を同条約において同じく条約非調印国の韓国から剥奪することはあり得ないことです。
したがって、対日講和条約に日本が放棄する島のリストに北方4島や竹島=独島が入っていないからという理由で、それらが日本領に返還されたとするなら、それはあまりにも我田引水がすぎます。対日講和条約はソ連の「北方4島」に対する既得権や韓国の竹島=独島統治を黙認したと解されます。特に竹島=独島の場合、同島を日本領にするとの改訂案が最終的には同条約で採用されなかっただけに、韓国の既得統治権は黙認されたとみられます。
こうしてみると、ソ連やロシアはいつから北方4島を「不法占拠」したのか、また韓国はいつから竹島=独島を「不法占拠」したのかという質問に外務省は回答不可能ではないかと思われます。それにもかかわらず、外務省が不法占拠論を持ちだすのは暴論としかいいようがありません。その暴論もいつまた再撤回するのやら知れたものではありませんが。
そうした暴論は国際的にもちろん通用するはずがありません。外務省の暴論はこれにかぎったことではありません。竹島=独島問題でも、明治政府が竹島=独島を放棄した事実をひた隠しにしたまま「竹島は・・・我が国固有の領土である」と平気で強弁していますが、これはもちろん矛盾です。
(注1)http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/russia/hoppo.html
(注2)http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/pr/pub/pamph/hoppo6.html
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
「今年に入って表面化した四島支援事業などをめぐる鈴木代議士の疑惑や、同代議士の領土外交への介入を許した東郷氏らの更迭などをきっかけに、領土交渉は再び冷え始めている」
結局、外務省は不法占拠論を97年に撤回し、最近ふたたび見解を変えて不法占拠論を強調しだしたもようです。しかし、もしロシアの統治を不法占拠とするなら、いつから不法占拠と断定するのか、外務省に問いただしたいところです。
その時期をあえて詮索するなら、それは次の二点にしぼられるでしょうか。
(1)戦時中、ロシアが北方4島を占領した時
(2)1952年、対日講和条約発効時
(1)ですが、生半可な知識をもった人は、ロシアが北方4島を最終的に占領したのは9月なので戦後ではないのかと思うかもしれませんが、狼どもの国際法によれば、それは戦時中という解釈になります。
さらに狼どもの国際法では、宣戦布告をして軍事力で他国を占領するのは合法とされていますので、(1)の時点で不法占拠とみなすのは困難ではないかと思います。もっとも宣戦布告が国際法違反であるという論理が成り立つのなら話は別ですが、狼どもの国際法で宣戦布告は無条件で容認されていたようです。
ちなみに、日本政府はさかんにソ連が「日ソ中立条約」に違反して宣戦布告したようなことを喧伝していますが、帝国主義国家が覇権を争う時代にあって、平和条約や中立条約などは狐と狸の化かしあいみたいなものです。つまるところ、宣戦布告の前に真珠湾やマレー半島を攻撃した日本が条約違反を口にするのは、狼を前にした負け犬の遠吠えにすぎないといえます。
また、よしんば宣戦布告が無効だとしても、1946年 最終的ではないにせよ連合国指令 SCAPIN 677号で四島は日本から切り離されたので、この時点でソ連の占領を不法占拠とみなすのはさらに困難となります。
つぎに(2)の対日講和条約発効時ですが、ソ連は対日講和条約を拒否したのでこれは問題外です。ソ連が調印していない条約で、ソ連が既得権益としてもっている四島の統治権が剥奪されるなんてことは、国際法を持ちだすまでもなく常識的にも考えられません。
これは竹島=独島の場合も同様です。SCAPIN 677号で日本から切り離された同島は、対日講和条約発効時には韓国政府が統治していました。その既得統治権を同条約において同じく条約非調印国の韓国から剥奪することはあり得ないことです。
したがって、対日講和条約に日本が放棄する島のリストに北方4島や竹島=独島が入っていないからという理由で、それらが日本領に返還されたとするなら、それはあまりにも我田引水がすぎます。対日講和条約はソ連の「北方4島」に対する既得権や韓国の竹島=独島統治を黙認したと解されます。特に竹島=独島の場合、同島を日本領にするとの改訂案が最終的には同条約で採用されなかっただけに、韓国の既得統治権は黙認されたとみられます。
こうしてみると、ソ連やロシアはいつから北方4島を「不法占拠」したのか、また韓国はいつから竹島=独島を「不法占拠」したのかという質問に外務省は回答不可能ではないかと思われます。それにもかかわらず、外務省が不法占拠論を持ちだすのは暴論としかいいようがありません。その暴論もいつまた再撤回するのやら知れたものではありませんが。
そうした暴論は国際的にもちろん通用するはずがありません。外務省の暴論はこれにかぎったことではありません。竹島=独島問題でも、明治政府が竹島=独島を放棄した事実をひた隠しにしたまま「竹島は・・・我が国固有の領土である」と平気で強弁していますが、これはもちろん矛盾です。
(注1)http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/russia/hoppo.html
(注2)http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/pr/pub/pamph/hoppo6.html
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 5487 (hangetsujoh さん)への返信です.
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