半月城さま(2)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/05/30 23:28 投稿番号: [4946 / 18519]
第1期
原則:「海軍水路部は、同部が発行する『日本水路誌』においては厳密に日本の領土だけを扱いました」。
で、半月城さんは、
>竹島=独島は1905年の「領土編入」まで日本の領土とは認識されていなかったので、当然『日本水路誌』には記述されませんでした。それなら、海軍は竹島=独島をどこの国の領土と考えていたのでしょうか?
としています。その通り、日本の領土とは考えていなかったというのは私は同じ考えです。そして、どこだと考えたかについて半月城さんは朝鮮と考えたとしており、私は「無主地」と考えたとしました。
半月城さんの根拠は『朝鮮水路誌』と、世界の水路をあつかった『寰瀛(かんえい)水路誌』でしょうか。
私は不勉強で他の方の意見を参照するしかないのですが、堀和生氏の論文では「『寰瀛水路誌』には鬱陵島とリヤンコールト列岩が載せられている。しかし、これは世界の水路誌であるが故に、その所属の決め手にはならない」(p.105)とあります。
問題となるのは、『朝鮮水路誌』(1894年)に竹島(独島)を含めたこととなりますが、日本は1905年まで竹島を日本国の領土とは正式には考えていませんでした。「無主地」です。
「他国において占領したりと認むべき形跡」がなかったから1905年に領有した。それが日本領有当時の正式の立場だったのではないですか。
この時期において『日本水路誌』に含まれなかったことは日本に含まれていなかったことを示すのであって、朝鮮領であることを日本が宣言したものではない。朝鮮領であることを積極的に認定するものではないということです。
ですから、お示しいただいた、
>1) 1886年『寰瀛水路誌』第2巻第2版、第4編 朝鮮東岸,「リアンコールト」列岩(注1)
2) 1894年『朝鮮水路誌』全、第4編 朝鮮東岸、リアンコールト列岩(注2)
3) 1897年『日本水路誌』第4巻、(竹島=独島の記述なし)
4) 1899年『朝鮮水路誌』第2版、第4編 朝鮮東岸、リアンコールト列岩
は、私の考えに何ら、反するものではありません。
資料の紹介を感謝します。
原則:「海軍水路部は、同部が発行する『日本水路誌』においては厳密に日本の領土だけを扱いました」。
で、半月城さんは、
>竹島=独島は1905年の「領土編入」まで日本の領土とは認識されていなかったので、当然『日本水路誌』には記述されませんでした。それなら、海軍は竹島=独島をどこの国の領土と考えていたのでしょうか?
としています。その通り、日本の領土とは考えていなかったというのは私は同じ考えです。そして、どこだと考えたかについて半月城さんは朝鮮と考えたとしており、私は「無主地」と考えたとしました。
半月城さんの根拠は『朝鮮水路誌』と、世界の水路をあつかった『寰瀛(かんえい)水路誌』でしょうか。
私は不勉強で他の方の意見を参照するしかないのですが、堀和生氏の論文では「『寰瀛水路誌』には鬱陵島とリヤンコールト列岩が載せられている。しかし、これは世界の水路誌であるが故に、その所属の決め手にはならない」(p.105)とあります。
問題となるのは、『朝鮮水路誌』(1894年)に竹島(独島)を含めたこととなりますが、日本は1905年まで竹島を日本国の領土とは正式には考えていませんでした。「無主地」です。
「他国において占領したりと認むべき形跡」がなかったから1905年に領有した。それが日本領有当時の正式の立場だったのではないですか。
この時期において『日本水路誌』に含まれなかったことは日本に含まれていなかったことを示すのであって、朝鮮領であることを日本が宣言したものではない。朝鮮領であることを積極的に認定するものではないということです。
ですから、お示しいただいた、
>1) 1886年『寰瀛水路誌』第2巻第2版、第4編 朝鮮東岸,「リアンコールト」列岩(注1)
2) 1894年『朝鮮水路誌』全、第4編 朝鮮東岸、リアンコールト列岩(注2)
3) 1897年『日本水路誌』第4巻、(竹島=独島の記述なし)
4) 1899年『朝鮮水路誌』第2版、第4編 朝鮮東岸、リアンコールト列岩
は、私の考えに何ら、反するものではありません。
資料の紹介を感謝します。
これは メッセージ 4940 (hangetsujoh さん)への返信です.
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