国境画定機関の竹島=独島認識2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/05/30 22:23 投稿番号: [4940 / 18519]
第1期.日本の「領土編入」以前
水路や島嶼の測量をにない、日本の国境を画定する機関であった海軍水路部は、同部が発行する『日本水路誌』においては厳密に日本の領土だけを扱いました。
このことは、台湾や北方領土など新たに日本の領土に組み入れられた地域のとりあげ方をみれば明快になります。それらが日本の領土とされた後に初めて『日本水路誌』に記述されました。もちろん竹島=独島もその原則にあてはまります。
竹島=独島は1905年の「領土編入」まで日本の領土とは認識されていなかったので、当然『日本水路誌』には記述されませんでした。それなら、海軍は竹島=独島をどこの国の領土と考えていたのでしょうか?
その回答は『朝鮮水路誌』と、世界の水路をあつかった『寰瀛(かんえい)水路誌』にあります。双方ともに竹島=独島は「リアンコールト列岩」として朝鮮沿岸に記述されました。内容はほとんど同じです。
これらの資料から海軍は明らかに竹島=独島を朝鮮領と理解していたことになります。そうでなければ、リアンコールト列岩(竹島=独島)を『朝鮮水路誌』でわざわざ詳述するはずがありません。しかも『朝鮮水路誌』にいたっては、5年後の改訂版でも朝鮮所属であることを再度確認しました。
なお、当時の朝鮮は国名を大韓帝国と変えていましたが、日本では依然として「朝鮮」という国名が俗称として用いられていました。したがって朝鮮とは厳密にいうと大韓帝国をさします。
第1期の関係水路誌は下記のようになります。
1) 1886年『寰瀛水路誌』第2巻第2版、第4編 朝鮮東岸,「リアンコールト」列岩(注1)
2) 1894年『朝鮮水路誌』全、第4編 朝鮮東岸、リアンコールト列岩(注2)
3) 1897年『日本水路誌』第4巻、(竹島=独島の記述なし)
4) 1899年『朝鮮水路誌』第2版、第4編 朝鮮東岸、リアンコールト列岩
(つづく)
これは メッセージ 4939 (hangetsujoh さん)への返信です.
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