外務省
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2003/12/29 13:18 投稿番号: [2799 / 18519]
>一方、そうした流れの一環として、島根の伺いの前提として外務省からの島根への照会も念頭にも置きました。当時、外務省が島名の理解において混乱を見せていたことはご承知の通りです。
内藤正中によると渡辺局長が島根県への照会と船の派遣調査を提案し、それによって政府の対処が行われたとしています。「この提案にもとずいて、江戸期以来の鬱陵島との関係史をもつ島根県に対する照会が行われた(p.131)」。したがって、照会にあたってはまず外務省の提案があったものと判断していましたが、塚本論文では内務省からの照会になっていますね。
------
-
明治9年10月内務省地理寮の係官が島根県を巡回した際、旧藩時代の竹島渡海についての情報に接し、島根県地籍編製係に詳細を照会した。島根県令(代理)はこれをうけて大谷家の記録等に基づき「日本海内竹島外一島地籍編纂方伺」を内務卿あてに提出した。(半月城通信より再引用)
------
-
内務省が独自で照会したのか、あるいはもとは外務省からの明治政府への照会要望があり、それが内務省の巡回の折りの照会へとつながったのか、その詳しい経緯は私には分かりません。整合性で言うと根本論文が分かりやすいですが、いちおう慎重に塚本論文と内藤論文の見方を双方ともにあげておきます。
これは メッセージ 2797 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/2799.html