竹島

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 誰もリャンコ島を想起していなかった

投稿者: take_8591 投稿日時: 2010/09/08 17:57 投稿番号: [18430 / 18519]
  ararenotomo1さんは、「地理に精通していた前島密は、この松島がリャンコ島であることを知っていた」旨の主張をされ、次の経歴を根拠とされます。
  前島密は、箱館の諸術調所で武田斐三郎に航海術を学び、1859〜1861年に函館から日本海を南下し太平洋岸に出て函館に戻る航海や、ロシア領ニコライエフスクへの航海等を行っています。また、鹿児島・対馬から北海道まで日本全土を何度も旅行し、地理には精通していました。(No.18362)

  この前島密の経歴からすると、その地理認識は『勝海舟の大日本沿海略図』に表されていると考えられ、幕府海軍がダジュレー島=松島としていた認識を引継いでいたと考えられます。すると、ここには、「この松島がリャンコ島であることを知っていた」に結びつく情報は存在しません。
  又、内務少輔としての前島密には、『勝海舟の大日本沿海略図』と異なる地理認識を有していた場合、その事を明示的に示す義務があります。「この松島がリャンコ島であることを知っていた」を明示していなければ、上司同僚部下は『勝海舟の大日本沿海略図』の地理認識を有していると判断し、その判断により前島発信情報が処理されます。



  古典的名著である川上健三『竹島の歴史地理学的研究』は、「竹島外一島」に触れていませんから、そこで使用されている「古来の竹島と松島」というのは1880年以降の知見に基づくものと推察できます。ararenotomo1さんは、1877年において「古来の竹島と松島」という概念が存したという主張ですから、川上健三氏のそれとは異なる概念です。



>   朝鮮名于山島を、Liancourt RocksやHornet Rocks或いはヲリウツ礁メ子ライ礁等と、勝手な名前を付けた。(No.18429)
>   次の例は、読点をきちっと打ち、竹島、鬱陵島、于山島がそれぞれ別個の島であることを明確に示しています。「江原道島嶼:- - 竹島、鬱陵島、于山島ハ共ニ東海ノ中ニ散布セル諸島ナリ」(大田才次郎『新撰朝鮮地理誌』博文舘, 1894, 復刻大空社, 2005)。(No.15525)

  朝鮮名于山島をLiancourt Rocksと呼んだ事実はありません。
  例えば、『新撰朝鮮地理誌』は、その5頁で、竹島=アルゴノート島、松島=ダジュレー島としています。その上で、102頁に上記を記述し、松島=鬱陵島+于山島としています。
  于山島がLiancourt Rocksに変貌を遂げるのは戦後のことです。


  以上検討した様に、ararenotomo1さんは、「古来の竹島と松島」「シーボルトは、竹島を誤って松島=ダジュレー島とした」「朝鮮名于山島をLiancourt Rocksとした」等と、1877年に存在しなった概念を用いて、自説を補強しているに過ぎないと思われます。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)