于山と武陵の二島は相去不遠
投稿者: take_8591 投稿日時: 2010/08/30 03:40 投稿番号: [18413 / 18519]
シンヨンハ氏は、「2島が、江原道蔚珍県のすぐ東海の中にあり、距離が遠くない」と翻訳していますから、下條氏の言う「2島は半島から離れていない」の解を踏襲しているように見えます。しかし、シンヨンハ氏の論文解釈も古文献解釈と同様に、独島教の教義に則って解さなければなりません。
「于山島と鬱陵島の2島は(not=が)、距離が遠くない」なのでしょう。
1416年9月2日の金麟雨発言は「武陵島ははるかな海中にあり、人が通わない」です。1437年2月8日の大臣発言は「此島は陸地から遠くて、風水が甚だしく惡い」です。1438年7月15日の兵曹発言は「海中絶域」です。1438年7月26日の江原道監司発言は「近頃の者は、大洋を渡るのを恐れている」です。
この様に、半島と鬱陵島の間は「相去遠い」という認識が朝廷内にあった事実を示しています。
では、鬱陵島と独島の間はどうなのでしょうか。その距離は、半島と鬱陵島の間とほぼ同じですが、鬱陵島はとにかく行き着くことができれば良いのですが、独島では生活できませんから往復の距離を設定しなければなりませんん。仮に、鬱陵島独島間に穏やかな海が広がっているとしても、「相去遠い」と判断せざるをえません。
すると、「相去不遠」とする2島の内の1島は架空の島であるか、チェクトと解するかしかありません。
これは メッセージ 18404 (take_8591 さん)への返信です.
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