Re: ahirutousagi2さん こんばんは
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/19 23:34 投稿番号: [17937 / 18519]
>この鳥取藩の回答は大谷・村川たちがそう言ってるって話ですよね?
そうですよ。
>1618年説は竹嶋へ渡海していた本人たちの供述だけが根拠です。1618年説を立証するような資料は本人たちの供述以外にはありません。
そして竹嶋渡海免許には4名の老中の署名があり、その免許は1622年以降でしかあり得ません。
普通で考えれば、4人とも老中になったあとというのが推定されますが、ともあれ、幕府からの問いかけに対し、鳥取藩が大谷・村川の説明を根拠にその年代を述べ、記録として残されている、ということです。
記録をそのままに記す。そして、脚注で補う。何の不思議もありません。ポイントを押さえただけの資料ですから。何か変でしょうか。
たとえば、従軍慰安婦の主張をそのままに記す。一方で、注釈として「○○なる説もある」とすることは、そんなに変ですか?あるいは、安龍福が鳥取藩主から松島が朝鮮領であるとの書附を得たと証言し、それが粛宗実録に記録された。一方で、注釈として「これについては疑義が提出されている」と書くことはおかしいことでしょうか。
何もおかしいことではないのです。
>1618年説はあり得ない。
あり得ない可能性が高いとしても、注釈を記した上で、それを記すことに何の問題もありませんよ。一例としては、内藤氏の『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』もそういう書き方です。疑義を明確に示しつつ、1618年の記述そのものは排除していません。
あり得なくても資料としてそれがあるのであれば、一旦それを記す。脚注というものがある以上、何の問題もないのです。
これは メッセージ 17936 (h369jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/17937.html