半月城通信の改ざん2
投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2009/02/21 18:14 投稿番号: [17351 / 18519]
続きです。
『輿地志』を巡る議論は元々、『輿地志』に「于山島は倭の松島」と書いてあるので于山島は日本でいう松島(竹島=独島)であるという認識は安龍福の竹島一件より以前『輿地志』が書かれた1656年にはすでに成立していたという韓国の学者の主張に対して下條氏が文献考証を駆使して『輿地志』にそのような文章のないことを指摘していた所、なぜか現存しないはずの『輿地志』が「発見」されて、韓国の学者の見解が間違っていたことが明らかになったという韓国側に都合の悪い「ストーリー」であったはずです。
私は半月城さんがこれを『輿地志』には于山島と鬱陵島は同じ島であると書いてあるので于山島は竹島ではないと下條氏が主張していて半月城さんがこれに批判を加えていた所、『輿地志』が発見されて于山島と鬱陵島は同じ島であるという記述は少数派の一説に過ぎず多数派の本説は于山島と鬱陵島は別々の島となっているということ分かり下條説の誤りが明らかになったという日本側にとって都合の悪い「ストーリー」にすり替えようとしていらっしゃるのではないかと推察します。
そもそも下條氏が「『輿地志』には于山島と鬱陵島は同じ島であると書いてあるので于山島は竹島ではない」と主張しているという半月城さんの解釈自体が間違っていると私は考えます。下條氏の文章にはこのようにあります。
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「彊界考に引用された輿地志と、それを底本にした輿地考にある輿地志の記述を比べることで、分註の信ぴょう性が検証できる。彊界考では『輿地志に云う、一説に于山鬱陵本一島』とした上で、『而(しか)るに、諸図志を考えるに2島なり。一つは則ち其の所謂松島にして、蓋(けだ)し2島ともに于山国』とあるからだ」
「つまり、『而るに』以下は、編者の自説に過ぎないので、輿地志の原本には『于山島と鬱陵島は同じ島』とだけ記され、松島(現・竹島)には言及していなかったことになる。この事実は、彊界考で改ざんの素地が作られ、輿地考では、一段と脚色が進んだということを示す」
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=107017145
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下條氏は「于山島と鬱陵島は同じ島であると書いてある部分のみが『輿地志』からの引用である」ことを指摘しているに過ぎないのであって、決して「于山島と鬱陵島は同じ島であると書いてあるので于山島は竹島ではない」と主張しているわけではないと思います。
韓国の「独島問題指導者養成機関?」であるドクトアカデミーでは『東国輿地勝覧』について、日本の主張する于山鬱陵一島説は小数説であり韓国の主張する于山鬱陵ニ島説は多数派説なので韓国の主張が正しいと教えているようですが、日本側の主張はそのような単純なものではありません。はっきり言って箸にも棒にも引っかからないのではないでしょうか。
『輿地志』を巡る議論は元々、『輿地志』に「于山島は倭の松島」と書いてあるので于山島は日本でいう松島(竹島=独島)であるという認識は安龍福の竹島一件より以前『輿地志』が書かれた1656年にはすでに成立していたという韓国の学者の主張に対して下條氏が文献考証を駆使して『輿地志』にそのような文章のないことを指摘していた所、なぜか現存しないはずの『輿地志』が「発見」されて、韓国の学者の見解が間違っていたことが明らかになったという韓国側に都合の悪い「ストーリー」であったはずです。
私は半月城さんがこれを『輿地志』には于山島と鬱陵島は同じ島であると書いてあるので于山島は竹島ではないと下條氏が主張していて半月城さんがこれに批判を加えていた所、『輿地志』が発見されて于山島と鬱陵島は同じ島であるという記述は少数派の一説に過ぎず多数派の本説は于山島と鬱陵島は別々の島となっているということ分かり下條説の誤りが明らかになったという日本側にとって都合の悪い「ストーリー」にすり替えようとしていらっしゃるのではないかと推察します。
そもそも下條氏が「『輿地志』には于山島と鬱陵島は同じ島であると書いてあるので于山島は竹島ではない」と主張しているという半月城さんの解釈自体が間違っていると私は考えます。下條氏の文章にはこのようにあります。
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「彊界考に引用された輿地志と、それを底本にした輿地考にある輿地志の記述を比べることで、分註の信ぴょう性が検証できる。彊界考では『輿地志に云う、一説に于山鬱陵本一島』とした上で、『而(しか)るに、諸図志を考えるに2島なり。一つは則ち其の所謂松島にして、蓋(けだ)し2島ともに于山国』とあるからだ」
「つまり、『而るに』以下は、編者の自説に過ぎないので、輿地志の原本には『于山島と鬱陵島は同じ島』とだけ記され、松島(現・竹島)には言及していなかったことになる。この事実は、彊界考で改ざんの素地が作られ、輿地考では、一段と脚色が進んだということを示す」
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=107017145
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下條氏は「于山島と鬱陵島は同じ島であると書いてある部分のみが『輿地志』からの引用である」ことを指摘しているに過ぎないのであって、決して「于山島と鬱陵島は同じ島であると書いてあるので于山島は竹島ではない」と主張しているわけではないと思います。
韓国の「独島問題指導者養成機関?」であるドクトアカデミーでは『東国輿地勝覧』について、日本の主張する于山鬱陵一島説は小数説であり韓国の主張する于山鬱陵ニ島説は多数派説なので韓国の主張が正しいと教えているようですが、日本側の主張はそのような単純なものではありません。はっきり言って箸にも棒にも引っかからないのではないでしょうか。
これは メッセージ 17347 (yabutarou01 さん)への返信です.
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