Re: 于山島:日本人ハ松島ト名ク
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2007/04/23 16:36 投稿番号: [15542 / 18519]
ararenotomoさん、Am I AHOです。
『皇城新聞』では、主島の鬱陵島に加えて附属の六島があるように記述されていますが、『朝鮮開化史』では鬱陵島は単独の島ではなく現代風に云えば鬱陵諸島を表すと云えば解りやすいでしょうか。
つまり、その地域に散在している大小の島々のことを指しているように思えます。
このことは、日本ではよくあることで、例えば隠岐島が島前島後その他諸々の島々を表すように一般的な表記法と云えるでしょう。
その為、日本人である『朝鮮開化史』の著者は、鬱陵島を隠岐島のように諸島として書いた可能性を考慮する必要があると思われますし、その上で解読すれば、『朝鮮開化史』で云う于山島とは、この著者は現在の鬱陵島を于山島と解釈したのであり、ここで云う諸島としての鬱陵島と単独の島としての于山島とは諸島としての隠岐島と単独の島としての島前(或いは島後)と同じような感覚で記述したように思えますね。
古くから日本の人達は、竹島と松島をワンセットとして取り扱って来ましたし、竹島諸島ないしは鬱陵島諸島とも云うべき地理感覚を有していたことを踏まえれば、大いに有り得る話ですね。
これは メッセージ 15540 (ararenotomo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/15542.html