続き
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2007/04/23 17:10 投稿番号: [15543 / 18519]
さて、ararenotomoさんは#15525で、『朝鮮開化史』の著者が1899年まで韓国の内閣補佐官を務め、官報などを取り扱っていたことを指摘しておられますが、その記述に「石島」がないことを#15527で指摘させて頂きました。
これが何を意味するかと申しますと、恒屋の記述は『皇城新聞』よりも、かつて恒屋自身も携わった『官報』と対比して読まれるべきではないかとする感があります。
『朝鮮開化史』に記述のない「石島」が何故『官報』には記載されているのでしょうか。
それは、『朝鮮開化史』に示された鬱陵島に対する地理認識には「石島」が含まれない故に、『官報』には別途「石島」を加える必要があったことを物語っているのではありませんか。
これは メッセージ 15542 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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