竹島

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島名の混乱と竹島=独島認識3

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/03/22 22:22 投稿番号: [1553 / 18519]
  その一方で明治政府はこれらの島、鬱陵島とリアンクール島(竹島=独島)を日本領として認識することは一九〇五年までほとんどなかった。それを物語るかのように、明治政府が国家事業として制作した地図は一八九四年に民間から『大日本管轄分地図』として発刊されたが、そこに両島は記載されなかった(25)。これは、島嶼など水路の測量を担当した海軍がリアンクール島などを日本領でなく朝鮮領として認識していたためであろう。
  海軍が同島の領有をどのように考えていたのかは、九二年以降発刊されるようになった海軍の『日本水路誌』『朝鮮水路誌』により知ることができる。堀によれば『日本水路誌』の扱う範囲は、日本の領土・領海に限定されていた。そこには九五年の下関条約による日本の新領土である台湾や澎湖島、さらには千島列島北端の占守島まで載せられているが、反面、台湾の対岸やカムチャッカ半島は全然含まれていない。また、リアンクール島にも全く触れていない。
  他方、海軍の『朝鮮水路誌』九四年版と九九年版には、鬱陵島と並んでリアンコールト列岩が載せられている。つまり、十九世紀末に日本海軍の水路部当局が竹島=独島を朝鮮領と認識していたことは、疑いのないところである(26)。

(20)堀和生「一九〇五年日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第二四号、一九八七年、一〇四頁
(21)川上健三、前掲書、一二頁
(22)北澤正誠『竹島考證』(復刻版)エムティ出版、一九九六年、一九〇頁
(23)同右書、二五三頁
(24)同右書、二七三頁
(25)清水常太郎『大日本管轄分地圖』一八九四(影印版、日本地圖選集刊行委員會『大日本管轄分地圖』、人文社、一九九〇)
(26)堀和生、前掲稿、一〇六頁

   (半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
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