竹島=独島とEEZ(1)
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/02/18 21:39 投稿番号: [15415 / 18519]
半月城です。
Am_I_AHO_1stさん、こんばんは。Re;15380
>まず「獨島」の法的地位について、国連海洋法条約に則り、両国共に「島嶼」ではなく「岩」とすることを提唱したい。
かつての韓国はそのような趣旨にそってか、竹島=独島を排他的経済水域(EEZ)の基点にしていませんでした。しかし、日本は少しでも日本のEEZを広げるためか、竹島=独島はもちろん、サンゴ礁からなり、人がとうてい住めない南海の沖ノ鳥島までも「島」であると強弁し、その周囲にEEZを設定しました。
昨年だったか、中国嫌いで有名な石原慎太郎・都知事が沖ノ鳥島を訪れ、「これは島だ、文句あるか」とか言い放ちました。沖ノ鳥島を国連海洋法条約の島として認めない中国に対する捨てゼリフだったようです。
南海はともかく、竹島=独島周辺に日本はEEZを設定したのに、なぜ韓国はそうしなかったのか、これまで韓国では政府に対する非難が渦巻いていました。その筆頭が愼𨉷廈教授で、こう記しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
UN新海洋法は1994年に発効するようになったが、その特徴はこの新海洋法を採択する国は200カイリの「排他的経済専管水域(EEZ)」をもつことができるという点である。
日本は1995年にこのUN新海洋法を採択する意思を公表したが、その年の総選挙ではひとつの群小政党をのぞき、執権党をはじめ大きな保守政党はすべて「竹島奪還」を選挙公約にたてた。自民党と自由党もそのような政党であり、総選挙で勝利して連合政府を構成した。
1996年1月、日本政府はUN新海洋法を採択することを決定し、東海側は「独島(竹島)」を日本のEEZにして国会に提出した。
これを実践するため、日本政府は1996年2月にも内外信の記者を集め、日本の外相が「独島(竹島)は歴史的にも国際法上も日本領であるので、大韓民国は独島から撤収し、付属施設を即刻撤収せよ」と説明し、駐日韓国大使を外務省に招いて強硬に要求した。
1996年5月、日本の国会は最終的にUN新海洋法を採択し、200カイリ経済専管水域(EEZ)を設定することに決定し、東海側の日本EEZ基点を「独島」(竹島)とすることを決定した。日本は韓国領である「独島」を自国領と主張し、日本のEEZ基点にしたのであった。
また、日本政府は1997年「十大外交指針」のひとつに「独島奪還」を設定し、猛烈な攻撃的外交とロビー活動を展開した。
その影響を受けたのか、あるいは他の理由があったのか、大韓民国外務部は日本側が韓国領「独島」を日本EEZの基点とした時から 1年2か月後である1997年7月末に「独島」基点を採用せず、韓国のEEZ基点を「鬱陵島」にすると発表して国民を驚かせた。
・・・・・
こうして新韓日漁業協定にて鬱陵島は韓国EEZ内に含まれたが、鬱陵島の付属島嶼である「独島」は鬱陵島の水域(韓国EEZ)から離れた別の水域である「中間水域」(韓日共同管理水域)に「独島」の表示なしに含まれたのであった(注1)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)
Am_I_AHO_1stさん、こんばんは。Re;15380
>まず「獨島」の法的地位について、国連海洋法条約に則り、両国共に「島嶼」ではなく「岩」とすることを提唱したい。
かつての韓国はそのような趣旨にそってか、竹島=独島を排他的経済水域(EEZ)の基点にしていませんでした。しかし、日本は少しでも日本のEEZを広げるためか、竹島=独島はもちろん、サンゴ礁からなり、人がとうてい住めない南海の沖ノ鳥島までも「島」であると強弁し、その周囲にEEZを設定しました。
昨年だったか、中国嫌いで有名な石原慎太郎・都知事が沖ノ鳥島を訪れ、「これは島だ、文句あるか」とか言い放ちました。沖ノ鳥島を国連海洋法条約の島として認めない中国に対する捨てゼリフだったようです。
南海はともかく、竹島=独島周辺に日本はEEZを設定したのに、なぜ韓国はそうしなかったのか、これまで韓国では政府に対する非難が渦巻いていました。その筆頭が愼𨉷廈教授で、こう記しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
UN新海洋法は1994年に発効するようになったが、その特徴はこの新海洋法を採択する国は200カイリの「排他的経済専管水域(EEZ)」をもつことができるという点である。
日本は1995年にこのUN新海洋法を採択する意思を公表したが、その年の総選挙ではひとつの群小政党をのぞき、執権党をはじめ大きな保守政党はすべて「竹島奪還」を選挙公約にたてた。自民党と自由党もそのような政党であり、総選挙で勝利して連合政府を構成した。
1996年1月、日本政府はUN新海洋法を採択することを決定し、東海側は「独島(竹島)」を日本のEEZにして国会に提出した。
これを実践するため、日本政府は1996年2月にも内外信の記者を集め、日本の外相が「独島(竹島)は歴史的にも国際法上も日本領であるので、大韓民国は独島から撤収し、付属施設を即刻撤収せよ」と説明し、駐日韓国大使を外務省に招いて強硬に要求した。
1996年5月、日本の国会は最終的にUN新海洋法を採択し、200カイリ経済専管水域(EEZ)を設定することに決定し、東海側の日本EEZ基点を「独島」(竹島)とすることを決定した。日本は韓国領である「独島」を自国領と主張し、日本のEEZ基点にしたのであった。
また、日本政府は1997年「十大外交指針」のひとつに「独島奪還」を設定し、猛烈な攻撃的外交とロビー活動を展開した。
その影響を受けたのか、あるいは他の理由があったのか、大韓民国外務部は日本側が韓国領「独島」を日本EEZの基点とした時から 1年2か月後である1997年7月末に「独島」基点を採用せず、韓国のEEZ基点を「鬱陵島」にすると発表して国民を驚かせた。
・・・・・
こうして新韓日漁業協定にて鬱陵島は韓国EEZ内に含まれたが、鬱陵島の付属島嶼である「独島」は鬱陵島の水域(韓国EEZ)から離れた別の水域である「中間水域」(韓日共同管理水域)に「独島」の表示なしに含まれたのであった(注1)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)
これは メッセージ 15380 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/15415.html