拝啓 鬱陵郡守様
投稿者: take_8591 投稿日時: 2007/02/18 09:52 投稿番号: [15414 / 18519]
下記の情報は、鬱陵島の日本人界では常識であったと推察できますが、石島を管轄されておられた鬱陵郡守様はご存知なかったのでしょうか。
もしご存知であるなら、どうして、1900年から1910年の間に「本郡所属の独島 在外洋百余里」の一言しか残されなかったのでしょうか。
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[ No.15366 ]
1902年 明治35年 1902年10月10日の釜山駐在日本領事館報告
又本島の正東約50海里に3小島あり。之をリャンコ島と云い、邦人は松島と称す。同所に多少の鮑を産するを以って、本島より出漁するものあり。然れども、同島に飲料水乏しきにより、永く出漁すること能わざるを以って、45日間を経ては、本島に帰航せり。
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[ No.15367 ]
1905年 明治38年 1905年7月31日の釜山駐在領事館報告
鬱陵島の輸出入品
38年4月〜6月 38年4月〜6月 比較
品 名 単位 輸出数量 輸出額 輸出数量
大 豆 石 214 1,605 470 −256
槻 材 才 62,118 3,727 38,382 23,726
乾 鮑 斤 4,770 4,770 −− 4,770
トド 皮 貫 1,275 1,275 800 475
トド 油 斗 414 538 20 394
トド 糟 斗 800 160 −− 800
「トド」と称する海獣は、鬱陵島より東南約25里の位置にあるランコ島に棲息し、昨年頃より鬱陵島島民これを捕獲し始めたり。捕獲期間は、4月より9月に至る6ヶ月間にして、漁船1組に付き猟手及び水夫等約10人にて、平均1日約5頭を捕獲すと云う。而して、本事業に従事する者30人あり。漁船3組あり。又「トド」1頭に付き、現今市価は平均3円なり。
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葛生修亮『韓海通漁指針』黒竜会出版部 1903年1月
ヤンコ島。鬱陵島より東南の方三十里、我が隠岐国を西北に距ること殆ど同里数の海中に於て、無人の一島あり、晴天の際 鬱陵島山峯の高所より之れを望むを得べし、韓人及び本邦漁人は之れをヤンコと呼び、長さ殆んど十余町、沿岸の屈曲極めて多く、漁船を泊し風浪を避くるに宜し。然れども薪材及び飲料水を得るは頗る困難にして、地上数尺の間は之を牽けども容易に水を得ずと云う。
此島には海馬非常に棲息し、近海には鮑・海鼠・石花菜等に富み、数年以前山口県潜水器の●を属して出漁したるものありしが、潜水の際、無数の海馬群に妨げられたると。飲料水欠乏との為に、満足に営業すること能わざるして還りたると。察するに当時の季節は●も五六月にして、海馬の産卵に当りしが故に、特にその妨害をうけたるものならんか。
また、付近に●漁の好網代あり。数年以来五六月の候に至れば大分県●●船の引き続き之に出漁するものあり。昨年春、同処より帰航したる漁夫に就いて之を聞くに、出漁した二三回に過ぎざるが故に、未だ充分の好果を得たりと云うべからざれ共、毎季相応の漁獲あり、従来の経験上、その網代の状態、及び●●棲息の規模等より観察するに、将来頗る有望の漁場たるを疑わずと。
同島は、●し営業者の為には尚充分探検の価値あるべし。
もしご存知であるなら、どうして、1900年から1910年の間に「本郡所属の独島 在外洋百余里」の一言しか残されなかったのでしょうか。
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[ No.15366 ]
1902年 明治35年 1902年10月10日の釜山駐在日本領事館報告
又本島の正東約50海里に3小島あり。之をリャンコ島と云い、邦人は松島と称す。同所に多少の鮑を産するを以って、本島より出漁するものあり。然れども、同島に飲料水乏しきにより、永く出漁すること能わざるを以って、45日間を経ては、本島に帰航せり。
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[ No.15367 ]
1905年 明治38年 1905年7月31日の釜山駐在領事館報告
鬱陵島の輸出入品
38年4月〜6月 38年4月〜6月 比較
品 名 単位 輸出数量 輸出額 輸出数量
大 豆 石 214 1,605 470 −256
槻 材 才 62,118 3,727 38,382 23,726
乾 鮑 斤 4,770 4,770 −− 4,770
トド 皮 貫 1,275 1,275 800 475
トド 油 斗 414 538 20 394
トド 糟 斗 800 160 −− 800
「トド」と称する海獣は、鬱陵島より東南約25里の位置にあるランコ島に棲息し、昨年頃より鬱陵島島民これを捕獲し始めたり。捕獲期間は、4月より9月に至る6ヶ月間にして、漁船1組に付き猟手及び水夫等約10人にて、平均1日約5頭を捕獲すと云う。而して、本事業に従事する者30人あり。漁船3組あり。又「トド」1頭に付き、現今市価は平均3円なり。
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葛生修亮『韓海通漁指針』黒竜会出版部 1903年1月
ヤンコ島。鬱陵島より東南の方三十里、我が隠岐国を西北に距ること殆ど同里数の海中に於て、無人の一島あり、晴天の際 鬱陵島山峯の高所より之れを望むを得べし、韓人及び本邦漁人は之れをヤンコと呼び、長さ殆んど十余町、沿岸の屈曲極めて多く、漁船を泊し風浪を避くるに宜し。然れども薪材及び飲料水を得るは頗る困難にして、地上数尺の間は之を牽けども容易に水を得ずと云う。
此島には海馬非常に棲息し、近海には鮑・海鼠・石花菜等に富み、数年以前山口県潜水器の●を属して出漁したるものありしが、潜水の際、無数の海馬群に妨げられたると。飲料水欠乏との為に、満足に営業すること能わざるして還りたると。察するに当時の季節は●も五六月にして、海馬の産卵に当りしが故に、特にその妨害をうけたるものならんか。
また、付近に●漁の好網代あり。数年以来五六月の候に至れば大分県●●船の引き続き之に出漁するものあり。昨年春、同処より帰航したる漁夫に就いて之を聞くに、出漁した二三回に過ぎざるが故に、未だ充分の好果を得たりと云うべからざれ共、毎季相応の漁獲あり、従来の経験上、その網代の状態、及び●●棲息の規模等より観察するに、将来頗る有望の漁場たるを疑わずと。
同島は、●し営業者の為には尚充分探検の価値あるべし。
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