Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/09/02 08:26 投稿番号: [14881 / 18519]
(前の記事から続く)
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#14845でも述べましたが、竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては
推測であることに変わりありません。te2222000さんとの議論を通しても、#14614と
現在とで、私の中で推測が確信に変わったとか、そのような変化はありません。
te2222000さんからの#14842では、私は「相当に自信のある書き方」とのことでしたが、
自信があるかどうかについて、私の中では「未だ何とも言えない」ということです。
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どうも、私の質問意図とshuku_remusさんの回答のずれが埋まらないので、この件の経緯を私の観点からまとめてみますね。
まず、shuku_remusさんが#14614 と #14842 でお書きになった記述を比べると、以下のように「想像の想像」と前置きを入れる表現から、特に前置きは入れずに「推測が可能」と言い切る表現に変わっていました。
(#14614)>>>>>>
これ以上は想像の想像ですが、私は ② でないかと
思っています。
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(#14842)>>>>>>
隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐
郡代を務めたとの斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から、上記の推測が
可能です。
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私は、この変化はshuku_remusさんの中の自信の度合いを反映していると考え、そのことを述べました(#14843)。その時に私の書いた「相当に自信のある書き方」という表現にこだわっていらっしゃるようですが、これは「以前の『想像の想像』という表現に比べ」という言葉を補ってご解釈下さい。
さて、私の予想に反して、shuku_remusさんは #14845 で「竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わりありません」とお答えになりました。
そこで私は、ひょっとすると『推測であることに変わりないが、「“想像の想像”という全く自信の無い推測」から「ある程度は自信のある推測」に変わった』というのがshuku_remusさんの主張なのかなと思い、#14861 で次のように尋ねました。
(#14861)>>>>>>
#14614 でお書きになった「これ以上は想像の想像ですが」という認識は、現在も変わっていないという意味に理解してよろしいでしょうか。
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それに対するshuku_remusさんのお答えは、これまた私の予想に反して「それでよいです」でした(#14861)。
そこで次に私は、「想像の想像」という言葉に対するイメージが私とshuku_remusさんでは異なっているために、認識が違ってくる可能性を考えました。
そこで、私の持つ「想像の想像」という言葉のイメージが、shuku_remusさんの持つイメージとずれているかどうかをお尋ねしました。それがこの質問です。
(#14862)>>>>>
私は、#14614 で「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズを読んだ時、普通なら「これ以上は想像ですが」と書くところ、このように想像であることを強調しているということは、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に弱いものであるとご自分でもお考えなのだろうと思いました。
この私の受け取り方は shuku_remusさんの意図とずれていたのでしょうか。
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これは純粋に日本語表現についての質問とご理解ください。
shuku_remusさんが「想像の想像」という言葉を書いた時のイメージと、私がそれを読んだ時のイメージに相違があるのかどうかを確認するための質問です。
ご回答よろしくお願いします。
(次の記事に続く)
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#14845でも述べましたが、竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては
推測であることに変わりありません。te2222000さんとの議論を通しても、#14614と
現在とで、私の中で推測が確信に変わったとか、そのような変化はありません。
te2222000さんからの#14842では、私は「相当に自信のある書き方」とのことでしたが、
自信があるかどうかについて、私の中では「未だ何とも言えない」ということです。
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どうも、私の質問意図とshuku_remusさんの回答のずれが埋まらないので、この件の経緯を私の観点からまとめてみますね。
まず、shuku_remusさんが#14614 と #14842 でお書きになった記述を比べると、以下のように「想像の想像」と前置きを入れる表現から、特に前置きは入れずに「推測が可能」と言い切る表現に変わっていました。
(#14614)>>>>>>
これ以上は想像の想像ですが、私は ② でないかと
思っています。
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(#14842)>>>>>>
隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐
郡代を務めたとの斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から、上記の推測が
可能です。
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私は、この変化はshuku_remusさんの中の自信の度合いを反映していると考え、そのことを述べました(#14843)。その時に私の書いた「相当に自信のある書き方」という表現にこだわっていらっしゃるようですが、これは「以前の『想像の想像』という表現に比べ」という言葉を補ってご解釈下さい。
さて、私の予想に反して、shuku_remusさんは #14845 で「竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わりありません」とお答えになりました。
そこで私は、ひょっとすると『推測であることに変わりないが、「“想像の想像”という全く自信の無い推測」から「ある程度は自信のある推測」に変わった』というのがshuku_remusさんの主張なのかなと思い、#14861 で次のように尋ねました。
(#14861)>>>>>>
#14614 でお書きになった「これ以上は想像の想像ですが」という認識は、現在も変わっていないという意味に理解してよろしいでしょうか。
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それに対するshuku_remusさんのお答えは、これまた私の予想に反して「それでよいです」でした(#14861)。
そこで次に私は、「想像の想像」という言葉に対するイメージが私とshuku_remusさんでは異なっているために、認識が違ってくる可能性を考えました。
そこで、私の持つ「想像の想像」という言葉のイメージが、shuku_remusさんの持つイメージとずれているかどうかをお尋ねしました。それがこの質問です。
(#14862)>>>>>
私は、#14614 で「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズを読んだ時、普通なら「これ以上は想像ですが」と書くところ、このように想像であることを強調しているということは、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に弱いものであるとご自分でもお考えなのだろうと思いました。
この私の受け取り方は shuku_remusさんの意図とずれていたのでしょうか。
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これは純粋に日本語表現についての質問とご理解ください。
shuku_remusさんが「想像の想像」という言葉を書いた時のイメージと、私がそれを読んだ時のイメージに相違があるのかどうかを確認するための質問です。
ご回答よろしくお願いします。
(次の記事に続く)
これは メッセージ 14880 (te2222000 さん)への返信です.
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