Re: Re/Re: 石島は観音島か
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/06/03 00:37 投稿番号: [14544 / 18519]
あくまで推測でものを言うのを許されるのであれば、という程度の話で書きましたので、あまり資料の裏づけは検討していないものです。「教示」などとんでもありません。
>「島項」と日本領時代の「鳥項嘴」及び現代の地名
これについてはまったく知識がありません。ただ、私が感じられるのはどうも島項という名称はどうも観音島そのものを指したわけではないのではないか、という疑問です。この一帯になにかそうした呼び名があったのではないかと感じます。
>「ソンモク(島首)」或いは「Seom mok(島の喉)」(No.1619)とは、どのような関係があるのでしょうか。いろいろご教示下さい。
ハングルでは同じものです。私はseom mokについて「島首」と訳語をつけだだけの話で、半月城さんは「島の喉」としたわけです。mokには首・喉それぞれの意味がありますから、どちらでもかまいません。ただ、私はこの名称を本島の一部分(陸地)と考えるので、首のほうにしました。
半月城さんはご指摘の書き込みで以下のように書いていらっしゃいます。
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観音島と鬱陵島との間の 100m たらずの狭い水域は Seom mok すなわち「島の喉」と呼ばれています。これはその水域に両島の崖がせまって喉のような景観をなすことから命名されました。つまり、観音島は鬱陵島とほとんど一体同然に見なされていたわけです。こうしたことから勅令41号ではことさら観音島の名を明記せずに「鬱陵島全島」という表現に含めたとみられます。
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このように「水域」と理解するのであれば「喉」という訳語が適当でしょうね。しかし、あいにく私は半月城さんが「水域」とすることについて知識がなくなんとも申し上げようがありません。このように書かれるからには何らかの資料があるのでしょうが私はその出展をよく知りません。(鬱陵島外図を見ると他の島の記述方法とは違って観音島の二つ(?)の島の間の「水域」に島項と記されています。これも興味深いですね。)
なお、私が本島の観音島につきでた部分にソンモクという地名があるとしたのは、鬱陵島の地図を見れば確認できることで、どうやら、ネットで確認したところ船着場として利用されているようです。手軽なところでは、以下の地図の「ソンモク」をご確認ください。
もちろん、この地名が古い時代からあったという確証はありませんが、この地域にこうした呼び方が何らかの形であったのではないか、それが「島項」の名と一定の関係があるのではないか、との推測はあってよいかと思うわけです。
http://toron.pepper.jp/jp/take/tizu/simulate.html
>「島項」と日本領時代の「鳥項嘴」及び現代の地名
これについてはまったく知識がありません。ただ、私が感じられるのはどうも島項という名称はどうも観音島そのものを指したわけではないのではないか、という疑問です。この一帯になにかそうした呼び名があったのではないかと感じます。
>「ソンモク(島首)」或いは「Seom mok(島の喉)」(No.1619)とは、どのような関係があるのでしょうか。いろいろご教示下さい。
ハングルでは同じものです。私はseom mokについて「島首」と訳語をつけだだけの話で、半月城さんは「島の喉」としたわけです。mokには首・喉それぞれの意味がありますから、どちらでもかまいません。ただ、私はこの名称を本島の一部分(陸地)と考えるので、首のほうにしました。
半月城さんはご指摘の書き込みで以下のように書いていらっしゃいます。
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観音島と鬱陵島との間の 100m たらずの狭い水域は Seom mok すなわち「島の喉」と呼ばれています。これはその水域に両島の崖がせまって喉のような景観をなすことから命名されました。つまり、観音島は鬱陵島とほとんど一体同然に見なされていたわけです。こうしたことから勅令41号ではことさら観音島の名を明記せずに「鬱陵島全島」という表現に含めたとみられます。
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このように「水域」と理解するのであれば「喉」という訳語が適当でしょうね。しかし、あいにく私は半月城さんが「水域」とすることについて知識がなくなんとも申し上げようがありません。このように書かれるからには何らかの資料があるのでしょうが私はその出展をよく知りません。(鬱陵島外図を見ると他の島の記述方法とは違って観音島の二つ(?)の島の間の「水域」に島項と記されています。これも興味深いですね。)
なお、私が本島の観音島につきでた部分にソンモクという地名があるとしたのは、鬱陵島の地図を見れば確認できることで、どうやら、ネットで確認したところ船着場として利用されているようです。手軽なところでは、以下の地図の「ソンモク」をご確認ください。
もちろん、この地名が古い時代からあったという確証はありませんが、この地域にこうした呼び方が何らかの形であったのではないか、それが「島項」の名と一定の関係があるのではないか、との推測はあってよいかと思うわけです。
http://toron.pepper.jp/jp/take/tizu/simulate.html
これは メッセージ 14543 (ararenotomo さん)への返信です.
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