竹島

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Re: 太政官指令と江戸時代の松島領有意識

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/01/08 12:55 投稿番号: [12405 / 18519]
>したがって、そういう言外のニュアンスは考えず、文字通りの意味で「竹島・松島を版図外と規定した」とお書きになっているものと思いますが、できれば明治政府のリアンクール岩に関する認識も含めてまとめて下さると、紛らわしさがなくてありがたく思います。

仰る通り、私は由来の概略にある竹島・松島を版図外としたと理解しています。一方、この時期の明治政府のリアンクール岩に関する認識については、なにぶん、混乱期であったため、政府の見解は「不明」としかいいようがありませんが、おそらくは無主地程度で考えるのが無難かと私は考えています。だからこそ、のちに日本に正式に編入するということもあったわけで。

ただ、当時(軍艦派遣前)の考え方を理解する上で、次のようなことは参考にはなると思います。

1.外務省の渡辺洪基の理解。(原文はひらがな→カタカナ)
「諸書に就て案するに竹島洋名アルゴナウト嶋なる者は全く烏有の者にして其松嶋デラセ嶋なる者は本来の竹島即ち鬱陵島にして我松嶋なる者は洋名ホル子ツトロツクスなるか如し然るを洋客竹島を認を松嶋と為し更に竹嶋なる者を想起せし者の如し而を此ホル子ネツトロツクスの我が国に属するは各国の地図皆然り他の二嶋に至りては各国其認むる所を同ふせす」(第11号、竹島考証)

2.外務省の田辺太一の理解。「聞く如きは松嶋は我邦人の命せる名にして其実は朝鮮鬱陵島に属する于山なり鬱陵島の朝鮮に属するは旧政府の時一葛藤を生し文書往復の末永く■て我有とせさるを約し…」(第21号)としていて、松島を鬱陵島所属の于山島としているが、田辺とてその実際を理解しきれていなかったことには違いない。海軍士官と生産物に明らかなものを派遣して「これを書図に徴し古文書に照して初めて松島の鬱陵島の一部なりや果て于山なりや又別に一の無主地なりやをも定得へく…」(同)としている。

いずれにせよ、この時期においてアルゴノート・ダジュレー・リアンクール岩についての正確な理解はなされておらず、政府におけるリアンクール岩に対する領有認識も不明瞭なものであるとしかいいようがないように思います。

ただ、明確な根拠に基づいた領土意識かどうかは別として、渡辺洪基の記述にも見られるようにリアンクール岩は日本に当然属するものであろうとの意識は当時全くなかったわけではなさそうにも思います。版図内とする根拠となる資料を知りませんので私としては無主地との立場をとりますが。

te2222000さんの意見もまたお聞かせいただければ幸いです。
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