『隠州視聴合記』と朱印状1
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/11/20 21:57 投稿番号: [12296 / 18519]
半月城です。
te2222000さん、No.12292
> 池内論文は、以下のように主張しています。
(i) 隠州視聴合紀は竹島・松島を日本とはみなしていない
(ii) 隠州視聴合紀は竹島・松島を朝鮮ともみなしていない
(iii) したがって、隠州視聴合記は日韓いずれの側にとっても竹島・独島の領有の根拠にならない
これはどうも te2222000さんらしからぬ書きぶりのように見えます。池内氏の趣旨からずれてるのではないでしょうか。池内論文の該当個所にはこう書かれています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この史料(『隠州視聴合紀』)をもって、1660年代に竹島/独島が日本領と認識されていたとすることはできないことについては先に述べた。
一方、この史料をもって、竹島/独島が当時の日本の版図から外れたものと認識されていたとする(II')のは妥当だとしても、それがすなわち朝鮮領だ(II'')ということにはならない。
(II'')は文章を逸脱した無理な解釈である。したがってこの「隠州視聴合紀」なる史料は、竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは日韓いずれの側にとっても適切でなく、そうした議論の現場から退くべきものなのである(注1)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私はこの池内氏の結論には同意しますが、te2222000さんの要約には同意しかねます。池内氏の意図をふまえて下記のようにしたらいかがでしょうか。
(i') 『隠州視聴合紀』は竹島・松島を日本の版図から外れたものと認識していた
(ii')しかし『隠州視聴合紀』は竹島・松島が朝鮮領かどうかについてはふれていない
(iii')したがって『隠州視聴合紀』は、日韓いずれの側にとっても竹島・独島の帰属を示す根拠にならない
そもそも『隠州視聴合記』では「朝鮮」という文字すら登場しないのではないでしょうか。そのため、竹島・松島が朝鮮領かどうかという判断や記述は皆無です。したがって、『隠州視聴合記』から竹島・松島は日本の版図外と読めても朝鮮領ということにはならないというのが池内氏の主張ではないでしょうか。
日韓両国に「帰属を示す根拠にならない」はずの『隠州視聴合紀』の利用のされ方ですが、竹島=独島を自国領として引用したのは日本政府だけであり、韓国政府はそのような主張をしていないようです。両国政府の言い分を塚本孝氏は次のように要約しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日本政府の見解
たとえば、『竹島図説』(1751-63年)には「隠岐国松島」と書かれており、また、『長生竹島記』(1801年)では松島(今日の竹島)をもって「本朝西海のはて也」としている。これは、幕府の竹島(鬱陵島)渡海禁止以前の『隠州視聴合紀』(1667年)が竹島(鬱陵島)及び松島(今日の竹島)をもって日本の西北部の限界とみなしているのと比べて、興味深いものがある(注2,P54)。
韓国政府の見解
日本側は、自己の主張を補強するために『隠州視聴合記』を引用したが、その引用が大きな誤読である。この本は、隠州が日本の乾地(西北限界)であるとしているのである。
・・・(『隠州視聴合記』の原文引用)・・・
ここでいう松島は独島、竹島は鬱陵島を指しているので、この二島から高麗(韓国)本土を望見する距離関係が、まるで雲州から隠州を望観するのと同じであり、それすなわち、日本の西北部はこの州を限界とするということである。日本側が二島を「日本の北西部の限界」としたのは、誤りである。『隠州視聴合記』の記事こそ正当な見解である(注2,P56)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)
te2222000さん、No.12292
> 池内論文は、以下のように主張しています。
(i) 隠州視聴合紀は竹島・松島を日本とはみなしていない
(ii) 隠州視聴合紀は竹島・松島を朝鮮ともみなしていない
(iii) したがって、隠州視聴合記は日韓いずれの側にとっても竹島・独島の領有の根拠にならない
これはどうも te2222000さんらしからぬ書きぶりのように見えます。池内氏の趣旨からずれてるのではないでしょうか。池内論文の該当個所にはこう書かれています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この史料(『隠州視聴合紀』)をもって、1660年代に竹島/独島が日本領と認識されていたとすることはできないことについては先に述べた。
一方、この史料をもって、竹島/独島が当時の日本の版図から外れたものと認識されていたとする(II')のは妥当だとしても、それがすなわち朝鮮領だ(II'')ということにはならない。
(II'')は文章を逸脱した無理な解釈である。したがってこの「隠州視聴合紀」なる史料は、竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは日韓いずれの側にとっても適切でなく、そうした議論の現場から退くべきものなのである(注1)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私はこの池内氏の結論には同意しますが、te2222000さんの要約には同意しかねます。池内氏の意図をふまえて下記のようにしたらいかがでしょうか。
(i') 『隠州視聴合紀』は竹島・松島を日本の版図から外れたものと認識していた
(ii')しかし『隠州視聴合紀』は竹島・松島が朝鮮領かどうかについてはふれていない
(iii')したがって『隠州視聴合紀』は、日韓いずれの側にとっても竹島・独島の帰属を示す根拠にならない
そもそも『隠州視聴合記』では「朝鮮」という文字すら登場しないのではないでしょうか。そのため、竹島・松島が朝鮮領かどうかという判断や記述は皆無です。したがって、『隠州視聴合記』から竹島・松島は日本の版図外と読めても朝鮮領ということにはならないというのが池内氏の主張ではないでしょうか。
日韓両国に「帰属を示す根拠にならない」はずの『隠州視聴合紀』の利用のされ方ですが、竹島=独島を自国領として引用したのは日本政府だけであり、韓国政府はそのような主張をしていないようです。両国政府の言い分を塚本孝氏は次のように要約しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日本政府の見解
たとえば、『竹島図説』(1751-63年)には「隠岐国松島」と書かれており、また、『長生竹島記』(1801年)では松島(今日の竹島)をもって「本朝西海のはて也」としている。これは、幕府の竹島(鬱陵島)渡海禁止以前の『隠州視聴合紀』(1667年)が竹島(鬱陵島)及び松島(今日の竹島)をもって日本の西北部の限界とみなしているのと比べて、興味深いものがある(注2,P54)。
韓国政府の見解
日本側は、自己の主張を補強するために『隠州視聴合記』を引用したが、その引用が大きな誤読である。この本は、隠州が日本の乾地(西北限界)であるとしているのである。
・・・(『隠州視聴合記』の原文引用)・・・
ここでいう松島は独島、竹島は鬱陵島を指しているので、この二島から高麗(韓国)本土を望見する距離関係が、まるで雲州から隠州を望観するのと同じであり、それすなわち、日本の西北部はこの州を限界とするということである。日本側が二島を「日本の北西部の限界」としたのは、誤りである。『隠州視聴合記』の記事こそ正当な見解である(注2,P56)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)
これは メッセージ 12292 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12296.html