サンフランシスコ条約の解釈2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/08/17 22:04 投稿番号: [10317 / 18519]
塚本氏は、竹島=独島を日本領とする条文が1950年の段階で削除されても「竹島の日本保持に変更はなかった」と信じこんで「平和条約上は、竹島が日本の保持する島として確定したわけである」という結論を導いたのですが、これは我田引水です。
その後の資料、とくに在日アメリカ大使館の極秘資料によれば、国務省は竹島=独島について何度か検討した末、先の「岩島(ドク島)は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく」とした見解を変え、最終的にはこう結論づけました。
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国務省はリアンコールト岩の歴史をすでに数回も検討したことがあるが、それをここで詳述する必要はない。その岩はアザラシの繁殖地であり、ある時期、朝鮮王朝の一部であった。その岩は、日本がその帝国を朝鮮に拡張した時、もちろん朝鮮の残りの領土とともに併合された(注3)。
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アメリカ国務省が、竹島=独島は「朝鮮王朝の一部」であったと認識していたことは重要な意味をもちます。これは、竹島=独島が無主地ではなかったとアメリカも認識していたことを意味します。
竹島=独島が無主地でないなら、日本の竹島=独島編入は「狼どもの国際法」に照らしても違法になることはいうまでもありません。しかし、アメリカはそこまで踏み込んだ判断をしなかったようでした。アメリカ大使館の極秘文書はこうつづけました。
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しかしながら日本政府は、帝国支配の過程においてこの領域を日本の本土に編入し、ある県の行政下においた。
そのため、日本が平和条約の第2章で「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権」を放棄することに同意した時、条約の起草者はこの岩を放棄すべき領域に含めなかった。
日本は、リアンコールト岩に対する日本の領有権は理由のあることとしている。それに韓国が異議を唱えているのは明白な根拠にもとづくものである(注3)。
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条約の米英合同最終案は、日本が竹島=独島を領土編入した事実を考慮し、竹島=独島を日本が放棄する島のリストには加えませんでした。といっても、これはアメリカが竹島=独島を日本領と断定したわけではありません。韓国の領有権主張が「明白な根拠にもとづく」と理解しているからです。
したがって、アメリカは竹島=独島の領有権を決着させず、意図的にあいまいにしたといえます。アメリカは、1905年の日本の領土編入がカイロ宣言にいう「暴力および貪欲により略取」に相当するのかどうかの判断を避けたものとみられます。
塚本氏は、こうした事実を知って「平和条約上は、竹島が日本の保持する島として確定したわけである」という主張を引っこめたのでしょうか? あるいは他の理由からでしょうか?
ところで、サンフランシスコ講和条約に竹島=独島の記述が一切ない事実は、国際法上どう理解されるのでしょうか? この当時は「狼どもの国際法」もだいぶ是正されてきているので、ひとまずは国際法学者の意見を聞いてみることにします。
まずは、竹島=独島を日本領と考える国際法学者の芹田健太郎氏です。私は同氏については、前にこう紹介したことがあります。
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一方、なかには堀論文をさんざん批判しても、堀氏の一大成果である「明治政府の竹島・松島放棄」から目をそらしたままで領土を論じる学者もいるから驚きます。
その人は前回すこし紹介した芹田健太郎氏です。同氏は著書で日本の松島(竹島=独島)経営を竹島渡海免許や、今では否定されている「松島渡海免許」から説きおこし、明治期の「松島開拓願い」や軍艦天城の派遣など含めて概観しましたが、なぜか肝心の明治政府による「竹島ほか一島放棄」については一言半句もふれせんでした(注5)。
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(つづく)
その後の資料、とくに在日アメリカ大使館の極秘資料によれば、国務省は竹島=独島について何度か検討した末、先の「岩島(ドク島)は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく」とした見解を変え、最終的にはこう結論づけました。
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国務省はリアンコールト岩の歴史をすでに数回も検討したことがあるが、それをここで詳述する必要はない。その岩はアザラシの繁殖地であり、ある時期、朝鮮王朝の一部であった。その岩は、日本がその帝国を朝鮮に拡張した時、もちろん朝鮮の残りの領土とともに併合された(注3)。
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アメリカ国務省が、竹島=独島は「朝鮮王朝の一部」であったと認識していたことは重要な意味をもちます。これは、竹島=独島が無主地ではなかったとアメリカも認識していたことを意味します。
竹島=独島が無主地でないなら、日本の竹島=独島編入は「狼どもの国際法」に照らしても違法になることはいうまでもありません。しかし、アメリカはそこまで踏み込んだ判断をしなかったようでした。アメリカ大使館の極秘文書はこうつづけました。
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しかしながら日本政府は、帝国支配の過程においてこの領域を日本の本土に編入し、ある県の行政下においた。
そのため、日本が平和条約の第2章で「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権」を放棄することに同意した時、条約の起草者はこの岩を放棄すべき領域に含めなかった。
日本は、リアンコールト岩に対する日本の領有権は理由のあることとしている。それに韓国が異議を唱えているのは明白な根拠にもとづくものである(注3)。
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条約の米英合同最終案は、日本が竹島=独島を領土編入した事実を考慮し、竹島=独島を日本が放棄する島のリストには加えませんでした。といっても、これはアメリカが竹島=独島を日本領と断定したわけではありません。韓国の領有権主張が「明白な根拠にもとづく」と理解しているからです。
したがって、アメリカは竹島=独島の領有権を決着させず、意図的にあいまいにしたといえます。アメリカは、1905年の日本の領土編入がカイロ宣言にいう「暴力および貪欲により略取」に相当するのかどうかの判断を避けたものとみられます。
塚本氏は、こうした事実を知って「平和条約上は、竹島が日本の保持する島として確定したわけである」という主張を引っこめたのでしょうか? あるいは他の理由からでしょうか?
ところで、サンフランシスコ講和条約に竹島=独島の記述が一切ない事実は、国際法上どう理解されるのでしょうか? この当時は「狼どもの国際法」もだいぶ是正されてきているので、ひとまずは国際法学者の意見を聞いてみることにします。
まずは、竹島=独島を日本領と考える国際法学者の芹田健太郎氏です。私は同氏については、前にこう紹介したことがあります。
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一方、なかには堀論文をさんざん批判しても、堀氏の一大成果である「明治政府の竹島・松島放棄」から目をそらしたままで領土を論じる学者もいるから驚きます。
その人は前回すこし紹介した芹田健太郎氏です。同氏は著書で日本の松島(竹島=独島)経営を竹島渡海免許や、今では否定されている「松島渡海免許」から説きおこし、明治期の「松島開拓願い」や軍艦天城の派遣など含めて概観しましたが、なぜか肝心の明治政府による「竹島ほか一島放棄」については一言半句もふれせんでした(注5)。
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(つづく)
これは メッセージ 10316 (hangetsujoh さん)への返信です.
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