誤爆の例
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/07/11 02:03 投稿番号: [27185 / 43168]
>一緒くたに考える事はナンセンスですが、亡くなった方々はテロも誤爆もどちらも青天の霹靂であったと・・・・
もちろん、青天の霹靂ですよ。
「え? なんで?」と思う間もなく、「間違った目標選定」で死ぬんですから。
で、テロとどう違うかと言うと、誤爆の場合は国際法に則って、誤爆した国が謝罪すべきなんですよ。
①日本が起こした誤爆の例
支那事変中に、日本海軍航空部隊が、中立国であるアメリカの砲艦「パネー」号を誤爆し、撃沈してしまいました。
これは大騒ぎとなり、一気にアメリカの対日感情が悪化しましたが、海軍大臣米内光政大将と海軍次官山本五十六中将が、駐日アメリカ大使館に出向き、謝罪し、日本政府はアメリカ政府に賠償しました。
そして手打ちを行い、「解決」となりました。
また、航空部隊の指揮官以下、パイロットに至るまで、異例の「海軍大臣名」で、処罰されました。(つまり、普通は指揮官が部下を処罰するが、その「指揮官」までもが命令を出した段階から誤爆の責任アリとして、海軍大臣直々に処罰された。)
②阿波丸事件
大戦末期に、日本占領地域の連合軍兵士向けの物資を運ぶため、連合軍からも航行の安全を保障された阿波丸という船が、なんと、アメリカの潜水艦に撃沈されてしまいました。
これには日本政府も抗議し、アメリカ政府も遺憾の意を表明しましたが、なにしろ戦争中で、アメリカも「戦後までこの件は保留にして欲しい」と言います。
アメリカは謝罪したものの、結局日本の敗戦もあり、日本は賠償請求権を放棄しました。
まあ以上は例ですね。
>テロの正当性を論ずるのはバカげたことですが、戦争の正当性を論ずるのはバカげたことではないと?
戦争が醜悪であり、避けるべきものだとは、誰しも思ったり、言ったりしていませんか? 誰かが、戦争が好きだとかやりたいとか言ったっけかな。
ただ、「戦争」は「国連憲章」にも明記されている、いわば「合法」な行為です。
つまり、「どうあがいても戦争は起こるだろう。ならば、せめて最低限のルールの下に行うべく、ジュネーヴ協定などに加盟国は従ってもらおう」というわけですよ。例えば、「国で決められた制服を着ずに、民間人のフリをして戦闘行為を行ったものがいたら、それは国際法違反だ」とか。
誤爆は、上記②のように、国家間の力関係で有耶無耶にされてしまうこともありますが、「誤爆」として歴史に残り、「教訓」ともなり、また、実際に誤爆した国は、戦時中であろうとも②のアメリカのように、「謝罪」しています。(謝ればいいというものでないにしても、戦争中ですもの、何だって起こり得ます。)
これは大違いですね。
さて、誤爆はなんと言っても悲惨です。
もし、フセインが健在で、「イラク正規軍」がロンドンを爆撃したら、問題はあるにしても「正規の戦闘行為」となっていたわけですが、テロは政府軍ではありません。
繰り返せば、「戦争は防ぎたいが、いつか起こるだろう。だからせめて最低限のルールを決めよう」ということで、「国連憲章」は存在します。
国連に加盟していなければ、「そんなの知るか」と言う事は、まあ可能かも知れませんね。
法学的に言うならば。
また、国家は民間人が戦闘する権限を奪い取り、国家が雇用する「兵士」にそれを委ねています。
まあ、一般人が「殺人」は出来ないが、その代わり、国家が「死刑」で犯罪者の命を奪う権限があるのと、似ていると言えば似てるかも。
ワタシ、イラク戦争でもその前の湾岸戦争でも、納得は出来ないんですよ。
勃発時には、自衛隊派遣反対でした。今がもし派遣前なら、やはり反対かも。
今は、「派遣してしまったからには、もう後には引けない。また、銃を撃つような戦闘行為をおこなっていないので、自衛隊がイラクにいる事自体は、住民のためにこそなれ、問題にはならない」と、思っています。
ただ、ミスによる「誤爆」と、意図的な「テロ」をクソミソにするdaremogaさんは、思いっきりピントずれ。
例えば「イラク戦争の是非」とか、「誤爆を防ぐにはどうするか。また、誤爆してしまった場合の適切な処置は?」という議論はアリアリだと思うが、誤爆とテロは同列にならない。
カンチガイ氏式に言えば、「カレーと○ソをいっしょくたにしている」ことになる。
もちろん、青天の霹靂ですよ。
「え? なんで?」と思う間もなく、「間違った目標選定」で死ぬんですから。
で、テロとどう違うかと言うと、誤爆の場合は国際法に則って、誤爆した国が謝罪すべきなんですよ。
①日本が起こした誤爆の例
支那事変中に、日本海軍航空部隊が、中立国であるアメリカの砲艦「パネー」号を誤爆し、撃沈してしまいました。
これは大騒ぎとなり、一気にアメリカの対日感情が悪化しましたが、海軍大臣米内光政大将と海軍次官山本五十六中将が、駐日アメリカ大使館に出向き、謝罪し、日本政府はアメリカ政府に賠償しました。
そして手打ちを行い、「解決」となりました。
また、航空部隊の指揮官以下、パイロットに至るまで、異例の「海軍大臣名」で、処罰されました。(つまり、普通は指揮官が部下を処罰するが、その「指揮官」までもが命令を出した段階から誤爆の責任アリとして、海軍大臣直々に処罰された。)
②阿波丸事件
大戦末期に、日本占領地域の連合軍兵士向けの物資を運ぶため、連合軍からも航行の安全を保障された阿波丸という船が、なんと、アメリカの潜水艦に撃沈されてしまいました。
これには日本政府も抗議し、アメリカ政府も遺憾の意を表明しましたが、なにしろ戦争中で、アメリカも「戦後までこの件は保留にして欲しい」と言います。
アメリカは謝罪したものの、結局日本の敗戦もあり、日本は賠償請求権を放棄しました。
まあ以上は例ですね。
>テロの正当性を論ずるのはバカげたことですが、戦争の正当性を論ずるのはバカげたことではないと?
戦争が醜悪であり、避けるべきものだとは、誰しも思ったり、言ったりしていませんか? 誰かが、戦争が好きだとかやりたいとか言ったっけかな。
ただ、「戦争」は「国連憲章」にも明記されている、いわば「合法」な行為です。
つまり、「どうあがいても戦争は起こるだろう。ならば、せめて最低限のルールの下に行うべく、ジュネーヴ協定などに加盟国は従ってもらおう」というわけですよ。例えば、「国で決められた制服を着ずに、民間人のフリをして戦闘行為を行ったものがいたら、それは国際法違反だ」とか。
誤爆は、上記②のように、国家間の力関係で有耶無耶にされてしまうこともありますが、「誤爆」として歴史に残り、「教訓」ともなり、また、実際に誤爆した国は、戦時中であろうとも②のアメリカのように、「謝罪」しています。(謝ればいいというものでないにしても、戦争中ですもの、何だって起こり得ます。)
これは大違いですね。
さて、誤爆はなんと言っても悲惨です。
もし、フセインが健在で、「イラク正規軍」がロンドンを爆撃したら、問題はあるにしても「正規の戦闘行為」となっていたわけですが、テロは政府軍ではありません。
繰り返せば、「戦争は防ぎたいが、いつか起こるだろう。だからせめて最低限のルールを決めよう」ということで、「国連憲章」は存在します。
国連に加盟していなければ、「そんなの知るか」と言う事は、まあ可能かも知れませんね。
法学的に言うならば。
また、国家は民間人が戦闘する権限を奪い取り、国家が雇用する「兵士」にそれを委ねています。
まあ、一般人が「殺人」は出来ないが、その代わり、国家が「死刑」で犯罪者の命を奪う権限があるのと、似ていると言えば似てるかも。
ワタシ、イラク戦争でもその前の湾岸戦争でも、納得は出来ないんですよ。
勃発時には、自衛隊派遣反対でした。今がもし派遣前なら、やはり反対かも。
今は、「派遣してしまったからには、もう後には引けない。また、銃を撃つような戦闘行為をおこなっていないので、自衛隊がイラクにいる事自体は、住民のためにこそなれ、問題にはならない」と、思っています。
ただ、ミスによる「誤爆」と、意図的な「テロ」をクソミソにするdaremogaさんは、思いっきりピントずれ。
例えば「イラク戦争の是非」とか、「誤爆を防ぐにはどうするか。また、誤爆してしまった場合の適切な処置は?」という議論はアリアリだと思うが、誤爆とテロは同列にならない。
カンチガイ氏式に言えば、「カレーと○ソをいっしょくたにしている」ことになる。
これは メッセージ 27176 (oda_mari7 さん)への返信です.
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