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お〜〜い!アホイニィ!2

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/04/06 23:37 投稿番号: [22063 / 43168]
世宗実録 地理志 江原道襄陽縣
(世宗莊憲大王實   五十七冊 卷第一百五十三)
「于山、武陵二島、在県正東海中、二島相去不遠、風日清明、則可望見、新羅時、称于山国、一云鬱陵島、地方百里、恃険不服、智證王十二年、異斯夫為何琵羅州軍主、謂于山人愚悍、難以威来、可以計服、及多以木造猛獣、分載戦船、抵其国、誑之曰、汝若不服、則即放此獣、国人懼来降、高麗太祖十三年、其島人、使白吉、土豆、献方物、毅宗十三年、審察使金柔立等、回来告、島中有泰山、従山頂向東行至海、一万余歩、向西行、一万三千余歩、向南行、一万五千余歩、向北行、八千余歩、有村落基址七所、或有石仏像、鉄鐘、石塔、多生紫胡蒿本・石南草、我太祖時、聞流民迯人其島者甚多、再命三陟人金麟雨、為安撫使、刷出空其地、麟雨言、土地沃饒、竹大如柱、鼠大如猫、桃核大於升、風物称是」

于山、武陵二島、在県正東海中、二島相去不遠、風日清明、則可望見、
(二島相去ること遠からず、風日清明なれば則ち望み見るべし)

「于山、武陵の二島は東海(日本海)にあり、二島はそれほど遠くないので晴れた日に見ることが出来る」

韓国側の解釈では、この文章には”主語”が無いから、
韓国は勝手に「二島はお互いに晴れた日に見える」と解釈している。
しかし、上記漢文の主語は「江原道襄陽縣」の条に書かれている。
つまり、江原道襄陽縣が主語となるから韓国説は当たらない。

「于山、武陵の二島は東海(日本海)にあり、二島は”江原道襄陽縣”からそれほど遠くないので晴れた日に見ることが出来る」

事実、晴れた日に江原道にある高い山に登って日本海を見渡すと、微かに鬱陵島が見えるんだってね。

大宗実録の17年(1417年)丁酉二月壬戌条の于山島に関する記事
「按撫使金麟雨、還自于山島、献土産大竹・水牛皮・生苧・綿子・検撲(木業)木等物、且率居人三名、以来、其島戸凡十五口男女併八十六、麟雨之往還也、再逢風具風、僅得其生

按撫使金麟雨   于山島より還り、土産の大竹・水牛皮(多分、アシカの皮)・牛苧・綿子・検撲木等の物を献ず、中略、その島の戸、凡そ十五口、男女併せて八十六」

この記事では、按撫使金麟雨の復命記事であり、金麟雨は、鬱陵島ではなく、于山島から戻った事になっている

その島には「凡そ十五口、男女併せて八十六」人が住み、大竹や苧麻が自生していた。
したがって、この大宗実録の記事にある于山島は、勿論、現在の竹島(独島)ではない。
岩島の竹島(独島)には、86人もの人は住めない。
そして大竹や苧麻も生えることもない。
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