それは当たっていると思うよ
投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2005/02/21 17:27 投稿番号: [19358 / 43168]
>つまり、仏像(神像)も、立派な寺社の建築も、すべては、宗教の本義を蒙昧な民衆に教える為の「方便」であり、信者が「あ、そうか」と分かった段階で、仏像も立派な建築物もブッ壊して構わない程度のものだとのことなんです。
そのとおりだよ。
だって仏陀自身、偶像を作ることは厳しく戒めたもの。
それでは布教に差し支えるから、便宜的に仏像や寺を造ったに過ぎない。
仏陀の教えは徹底していて、自分が死んでも、決して悲しまず、葬式すらしてはいけない、というものだった。
だから弟子たちは仏陀が入滅しても葬式はしなかった。
だけど、彼があまりにも偉大な人物だったので、その遺骨を分け合って仏舎利塔を作ったけれどもね。
これすら、本来の仏陀の教えに反する行為なのだが、やっぱり「人情」があるから仕方がなかったのだろう。
初期仏教では、葬式はもちろん、教典を作ることすら禁止された。
「言葉を文字にすると力を失う」というのがその理由だった。
仏陀自身、死の直前に「私はいろいろなことを言ったが、みんなは私の言わんとするところを理解すればいいのであって、細かい部分は忘れていいよ。」と言ったそうだ。
そこで弟子のアーナンダ(だったかな?)が、その「忘れていい部分」を指示されたのだが、残念ながら彼は「忘れていい部分」を忘れてしまった。
兄弟子にずいぶん叱られたそうだが、それでも彼が一番仏陀の言葉を覚えていたので、仏陀入滅後、仏陀の言葉の解釈を統一しようとして、アーナンダの記憶を辿って、第一回目の仏典結集が行われた。
その際も教典に書くことは許されず、すべて、みんなで仏陀の語句を統一して暗唱したそうだ。
ここまで徹底して、偶像どころか教典すら否定した宗教も珍しい。
これは メッセージ 19352 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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