>>重いなあ・・・
投稿者: honto_gou_tell_me 投稿日時: 2003/12/30 17:50 投稿番号: [623 / 7270]
重たい話題から少し遠ざかっている間に話題が進んでしまいレスとしては時宜を失していますが、
このまま年を越すのも妙にひっかかるので取り止めがないですが、散発的なレスを・・・
兎亀さん
>在外公館警備に「自衛隊を活用」することについては、的確な表現が思いつかないのですが、
>非常に「まずい」と感じています。なにか「一線を越える」ような・・・
ユスラさん
>居留民の保護は単なる名目,と教え込まれてきたので,脳幹レベルでの拒否反応を
>覚えてしまう,なんてことは無いですか?
私は少し違った意味で実は「一線を越える」ようなものを感じたのは人道支援でありながら、無反動砲や対地ミサイルなどを所持していくことでした。
これは危ないから行くなとか、軍隊が行ったら反感を買うとかそのような類のものではありません。
さらに言えば危険だからこそ自衛隊でなくてはならいと解っていてのことなんですが・・・
つまり、自衛隊員が任務の必要性からとはいえ人殺しをするかもしれないし殺されるかもしれない・・・
より強力な武器を携行するということは、殺す可能性も殺される可能性も高いことの証左なのですが、
そのことに思いが巡ったとき脳幹レベルの拒否反応なのかよく解りませんが、感情に何か泡立つものが生じたことは確かです。
私は直接の戦争体験はありませんが、その残照の一端を見たと思える二つの体験があります。
それは「傷痍軍人」と「ジョニーは戦場へ行った」です。この二つはある意味原体験として私の内にあります。
それが9条の平和憲法と結びつき少年期から青年期に至るくらいまでは確固たる軍事力不要論者でした。
傷痍軍人はそれこそ幼稚園に入る前くらいの記憶です。昭和三十年代の終わりごろにはこの傷痍軍人なるものを普通の風景の中で見ることが出来ました。
大人になってからかなりガセがいたことを知りましたが、幼少の頃はそんなことは知る由もありません。
前を通る時など怖くて親父にしがみ付いていたものでした。いつ頃から見なくなったかは定かでありませんが、あの姿は今でも忘れることが出来ません。
「ジョニーは戦場に行った」はかなり大きくなってから見た映画です。最初に観たのは中学生の時分でした。
http://www.sancya.com/book/book/syohyo_17.htm
むしろ一思いに殺し殺されるより、より残酷な話です。このような映画を私の年代は思春期に観る事になるのです。
いずれも体験していない戦争というものに対する強烈な疑似体験となっていたようです。
この呪縛は相当に強烈でした。つまりは怖いのです。理屈ぬきに怖いのです。
この極めて情緒的な拒絶反応を超えることは私にとってかなりエネルギーが必要だったことは事実です。
そしてその残滓は多分一生消え去ることはないと思います。
ついでに言えば、この怖さとリスクを承知することが9条に向き合って見つめなおす為には最低限必要だと思ってもいます。
兎亀さん
>民間の警備会社と契約するのも選択肢の一つと考えてかまわないのでは?
「外人部隊」「傭兵」のイメージからすると随分とこのあたりのことが変質してきているのですね。選択肢の一つとしてはあってしかるべきですね。
例えば比較的短期で規模のあまり大きくない支援活動や調査団体などの警護などといった利用はあるかもしれないと思いました。
ただ、このイラクに関しては短期で終わるとは思えませんし、人道支援で派遣しておきながらといった要素もあるので難しいのではないでしょうか。
本来は治安がしっかりしていれば在外公館、居留民問わずに当該国に警備の責任はあるのでしょうが・・・
まだ、この程度のレスでは先に行っている二人に追いつけませんが、とりあえずこのくらいでご勘弁を。
このまま年を越すのも妙にひっかかるので取り止めがないですが、散発的なレスを・・・
兎亀さん
>在外公館警備に「自衛隊を活用」することについては、的確な表現が思いつかないのですが、
>非常に「まずい」と感じています。なにか「一線を越える」ような・・・
ユスラさん
>居留民の保護は単なる名目,と教え込まれてきたので,脳幹レベルでの拒否反応を
>覚えてしまう,なんてことは無いですか?
私は少し違った意味で実は「一線を越える」ようなものを感じたのは人道支援でありながら、無反動砲や対地ミサイルなどを所持していくことでした。
これは危ないから行くなとか、軍隊が行ったら反感を買うとかそのような類のものではありません。
さらに言えば危険だからこそ自衛隊でなくてはならいと解っていてのことなんですが・・・
つまり、自衛隊員が任務の必要性からとはいえ人殺しをするかもしれないし殺されるかもしれない・・・
より強力な武器を携行するということは、殺す可能性も殺される可能性も高いことの証左なのですが、
そのことに思いが巡ったとき脳幹レベルの拒否反応なのかよく解りませんが、感情に何か泡立つものが生じたことは確かです。
私は直接の戦争体験はありませんが、その残照の一端を見たと思える二つの体験があります。
それは「傷痍軍人」と「ジョニーは戦場へ行った」です。この二つはある意味原体験として私の内にあります。
それが9条の平和憲法と結びつき少年期から青年期に至るくらいまでは確固たる軍事力不要論者でした。
傷痍軍人はそれこそ幼稚園に入る前くらいの記憶です。昭和三十年代の終わりごろにはこの傷痍軍人なるものを普通の風景の中で見ることが出来ました。
大人になってからかなりガセがいたことを知りましたが、幼少の頃はそんなことは知る由もありません。
前を通る時など怖くて親父にしがみ付いていたものでした。いつ頃から見なくなったかは定かでありませんが、あの姿は今でも忘れることが出来ません。
「ジョニーは戦場に行った」はかなり大きくなってから見た映画です。最初に観たのは中学生の時分でした。
http://www.sancya.com/book/book/syohyo_17.htm
むしろ一思いに殺し殺されるより、より残酷な話です。このような映画を私の年代は思春期に観る事になるのです。
いずれも体験していない戦争というものに対する強烈な疑似体験となっていたようです。
この呪縛は相当に強烈でした。つまりは怖いのです。理屈ぬきに怖いのです。
この極めて情緒的な拒絶反応を超えることは私にとってかなりエネルギーが必要だったことは事実です。
そしてその残滓は多分一生消え去ることはないと思います。
ついでに言えば、この怖さとリスクを承知することが9条に向き合って見つめなおす為には最低限必要だと思ってもいます。
兎亀さん
>民間の警備会社と契約するのも選択肢の一つと考えてかまわないのでは?
「外人部隊」「傭兵」のイメージからすると随分とこのあたりのことが変質してきているのですね。選択肢の一つとしてはあってしかるべきですね。
例えば比較的短期で規模のあまり大きくない支援活動や調査団体などの警護などといった利用はあるかもしれないと思いました。
ただ、このイラクに関しては短期で終わるとは思えませんし、人道支援で派遣しておきながらといった要素もあるので難しいのではないでしょうか。
本来は治安がしっかりしていれば在外公館、居留民問わずに当該国に警備の責任はあるのでしょうが・・・
まだ、この程度のレスでは先に行っている二人に追いつけませんが、とりあえずこのくらいでご勘弁を。
これは メッセージ 616 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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