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>満州事変

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/20 20:43 投稿番号: [4395 / 7270]
>満州事変も、橋本や石原の個人的〈主観的〉動機による面がつよく、組織的とはとてもいえません。大変大雑把な言い方ですると、満州事変はどちらかというと、「テロ」の部類にはいる。

石原らは日本の国家改造は国内政治の刷新(テロ)か満州かという論立てでしたね。
そこで、昭和6年(1931年)9月18日の満州事変を少し考えてみます。
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東京裁判の起訴状及び判決
「A級戦犯」とされた全被告が、共同謀議に参加し、昭和六年の満州事変によって満州を支配し、そこを根拠地として東アジア・太平洋・インド洋を支配することを目的とする侵略戦争を計画・準備・遂行した。

中学生が用いる歴史教科書(日本書籍)の記述。
「中国では、蒋介石のひきいる国民党が、武力による国内統一にのり出した。1928年には北京に入り、日本の権益が集中する満州もその勢力下に入った。これに対して、現地の日本軍は、中国の抗日運動の高まりに危機感をいだき、日本の権益の確保のため、満州を中国から分離することをねらっていた。このため、…奉天郊外の柳条湖で南満州鉄道の線路を自分たちの手で爆破した。そしてこれを中国軍のしわざだとして、事前の計画にしたがってただちに軍事行動に移り、たちまちのうちに満州全土を占領した(満州事変)」

満州における日本の権益
日本は当時満州に、遼東半島の租借権、東支鉄道の南満州支線などの権益を有していた。日露戦争後のポーツマス条約に基づき、ロシアが日本に譲渡したものである。これについては、日清間でも満州善後条約が結ばれ、清国も日本への譲渡を承認した。つまり、日本の満州における特殊地位は、条約に基づく正当な権利と言える。

排日運動・中国共産党の工作活動
ボイコット(日貨排斥)運動は、北伐の過程で激化していった諸々の排日運動の一側面に過ぎない。南京や済南では、多数の日本人居留民が虐殺される反日暴動まで起こり、事変直前には中国兵による中村大尉殺害事件が発生した。
中国共産党の拡充工作は満州にも及び、満州事変以前に共産党満州委員会が発足した。彼らは民衆の排日意識を煽り、鉄道路線抗争の推進や日本人への土地譲渡反対、あるいは旅大(旅順・大連)回収などを訴えた。また間島各地では、領事館や親日朝鮮人が襲撃される暴動まで発生した。

リットン報告書
排日運動に猛り狂っていた当時の中国社会の実態について、「常に世界平和に対する脅威である」と指摘した。また同報告書は、中国の領土保全などを確認した一九二一年の九カ国条約後も、中国が排外宣伝活動を極端に実施したことを記し、「その結果、現在の紛争(満州事変)が生れるような雰囲気をつくり出す原因となった」
「排日運動は日々激化した。一九三一年四月、奉天において人民外交協会主催の下に五日間の会議が開かれ、満州における日本の地位一掃の可能性について討議された。中国人家主および地主に対して圧力を加え、それによって日本人および朝鮮人である賃借人への賃貸料の引上げ、又は賃借契約の更新拒絶を行わせた」
最終的にリットン報告書はボイコット運動について、「不法行為は常に行われ、しかもこれらは官憲および法廷によって、十分に禁圧されていない」と結論付け、さらに次のように批判したのである。
「これらの行為は、中国の法律により明かに不法なるのみならず、生命および財産を保護し、ならびに商業居住、往来および行動の自由を維持するの条約上の義務に違反す」
「日本が中国のもっとも近い隣国であって、かつ最大の取引先である以上は、日本は…内乱の危険、匪賊および共産主義の脅威などのために、他のいずれの強国よりも一層ひどく悩まされたのである」
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