Re: 朝日新聞
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/12/31 03:39 投稿番号: [3224 / 7270]
>いつ頃から偏向していったのでしょう。
>この直後の1960年に日米安保闘争に入り、左翼が活気づく時代ですね。
「大手労働組合の組織率と新聞各紙の紙面傾向及びその販売部数の変遷」なんてので相関関係でもあれば、経営上の選択として偏向していったかも・・
「政治の時代」とか呼ばれたそうですが、実際はどんなものだったんでしょう。
60年安保の後というと〜、所得倍増論、高度成長、昭和元禄、フーテン族・・・と、「革命家」に御呼びがかかりそうな雰囲気だったとは思えないしなあ(少し調べてみます)
>本来はサヨクと在日問題は関係ないはずですが、「反帝」というサヨクのスローガンの中で、戦前が総括されて、歪曲されていったのでしょうか。
戦後の日本で「反帝」をスローガンにしたのがそもそもの間違いだったんじゃないかと・・おっとまたズレてしまいました。すみません。
「サヨクな人達」、いわゆる「進歩的文化人」もそういうところがあるのでしょうが、
(↑私はこの場合「左翼」とは書けませんです。苦笑)
彼らを妄想としての被害者意識をもっている人とするならば、「被害者意識」を持つ(持つ可能性のある)相手(例えば「在日外国人」)は
「連帯すべき同志」あるいは利用出来る「都合のいい材料」だったのではないでしょうか。
>直接の新聞記事ではないのですが、朝日新聞はこんな感じでした。
ありがとうございます。
会議の様子を伝える事では毎日新聞は描写に徹底しているような感じがしました(私は好きです)
>「議会記者席」は、これを「はしたない怒号」として、海相を援護した。
これは、海相の援護だったのか単に会議場でのマナーのことなのか、原文を読まないことには私はまだ判断出来ないです。
>、数日後の単独インタビューでも、米内に「斉藤氏の質問は速記録でも明らかな通り、陸軍大臣への質問で僕の答える場合ではなかったのだよ」と語らせる弁解の場を設け、さらに援護した。
援護というより公正な報道にみえますが(当時としては援護だったのかなあ)今時の袋叩き(上っ面だけですが)報道より多様性のある時期だったのかも知れません。
これは メッセージ 3223 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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