朝まで⑨
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2005/12/03 21:57 投稿番号: [3164 / 7270]
イデオロギーに染まりすぎた戦後日本の歴史観
田原 いま姜さんから、いままでイデオロギーでやってきた、そのイデオロギーってなんですかって話が出たんで、ちょっとお答えしたい。じつはふたつ、私はここでいいたかった。秦さんたちが戦争中に神風志向があったと、でもこれはね、間違いだと思う。僕は現に神風志向なんかないですよ。なんにも。そんな神風が吹くなんて、全然思ってないですよ。思っていたとすれば、それはむしろエリートが思っていたんですね。一般大衆は思ってません。
もうひとついえば、そのイデオロギー志向というのは何かっていえば、つまり戦後、市民革命が起こるべきだと、市民革命を起こして、日本は社会主義になるべきだと、これですよ。
姜 でもね・・・・。
田原 それは、ズーッとあったの。
姜 僕の個人的な経験からいってもね、僕はちいさいときにたとえば東宝映画で、東郷元帥うんぬんとか、いろんな戦争映画を見ましたよ、あるいは岡本喜八さんのなんとか愚連隊かとね。あるいは夕日と拳銃とか、あるいは司馬遼太郎もそうだけど、一般の庶民は、そんなマルクス主義のイデオロギーというよりは、じつは映画や小説やいろんなメディアを通じて、かなりそれては違うものを全面的に吸収していたわけで・・・・。
田原 あのね、一般人じゃなくてね。東京大学が悪いんですよ。姜さんね。今度の『日本の戦争』を書くために、いろんな教授に会って取材してわかったことは、とにかく80年代半ばまでは、つまり丸山真男さんの言葉に反することは、いえなかった。いえなかった。
姜 そんなことはないですよ。
田原 いやいや、そういってますよ、本人が。名前出してもいいですがね。それでつまり事実しか書けなかったと、歴史的な事実しか。
猪瀬 発掘した事実じゃない事実だよ、それは。
田原 まあ、事実。何にこう書いてある。何にこう書いてある。
猪瀬 それ、引用だよね。
田原 うん、引用。そして、もっといいたのは・・・・。
姜 僕は丸山さんの擁護するわけじゃないけれども、彼自身も、ある種の国民主義者でナショナリストですよ。
田原 いや、そりゃね、そんなこといったってね、とくかく僕なんか、まあこの本にも書いたけども、太平洋戦争についてなぜ負ける戦争をやったんだといったら、そんなこというな、そりゃ保守反動だっていわれましたよ、ずっと、で、それをいおうと思ってたら、いつのまにかあの戦争が正しいなんて議論がいっぱい出てきたんで、これは違うぞ! と、やっぱりやんなきゃいけないと、こういう気持ちだったんですよ。
姜 あの戦争が正しいという議論はね、大東亜戦争肯定論以来。60年代でしたっけね。
田原 あれは少数派。大東亜戦争肯定論がなぜ売れたのかっていうとね、ごく少数で珍しかったから。
姜 珍しいけれども、知識人とか、いろんななかには結構いる。やっぱりシンパがいるわけですね。
田原 橋爪さん、どうですか?
橋爪 あのね、こういう構造になっているんじゃないでしょうか。まず私たちは戦争は悪かったと、戦争責任という枠組みで考えます。ですから、戦争を企画したA級戦犯というのは悪いと考える。ということは、逆にいうとですね、それ以外の人たちは戦争責任がなかったという意味になるんですよ。で、それでよかったという反面、釈然としないんです。
どうしてかというと、大東亜戦争、太平洋戦争は総力戦だったんです。日本は第一次世界大戦をスキップしたけれど、この次もし戦争があれば、総力戦、ものすごい戦争になると予想し、準備した。実際そうなった。総力戦とは、国をあげて全身全霊、経済も政治もすべてが戦争目的に奉仕するということでしょう。そしたら、軍人が最後に大きな力を持つことは明らかだし、国民は軍人のいうことを聞かなきゃいけない、そういう体制になるわけですね。ですから、そのことを理解して、みんな協力したんです。みんな積極的に戦争に協力したという自覚があるし、それはそのときの考え方では正しかった。というこがあるでしょ。
ところが戦後になって、それだけ努力してこれだのことをしたのに、そういう枠組みじゃなくて、この戦争は悪いことであり、その責任者はごく一部であると、つまり分断されたわけですよね。ここに大きな欺瞞があるんだけれども、このことを十分咀嚼できなかった。それがいま、尾を引いているんじゃないですか。
田原 いま姜さんから、いままでイデオロギーでやってきた、そのイデオロギーってなんですかって話が出たんで、ちょっとお答えしたい。じつはふたつ、私はここでいいたかった。秦さんたちが戦争中に神風志向があったと、でもこれはね、間違いだと思う。僕は現に神風志向なんかないですよ。なんにも。そんな神風が吹くなんて、全然思ってないですよ。思っていたとすれば、それはむしろエリートが思っていたんですね。一般大衆は思ってません。
もうひとついえば、そのイデオロギー志向というのは何かっていえば、つまり戦後、市民革命が起こるべきだと、市民革命を起こして、日本は社会主義になるべきだと、これですよ。
姜 でもね・・・・。
田原 それは、ズーッとあったの。
姜 僕の個人的な経験からいってもね、僕はちいさいときにたとえば東宝映画で、東郷元帥うんぬんとか、いろんな戦争映画を見ましたよ、あるいは岡本喜八さんのなんとか愚連隊かとね。あるいは夕日と拳銃とか、あるいは司馬遼太郎もそうだけど、一般の庶民は、そんなマルクス主義のイデオロギーというよりは、じつは映画や小説やいろんなメディアを通じて、かなりそれては違うものを全面的に吸収していたわけで・・・・。
田原 あのね、一般人じゃなくてね。東京大学が悪いんですよ。姜さんね。今度の『日本の戦争』を書くために、いろんな教授に会って取材してわかったことは、とにかく80年代半ばまでは、つまり丸山真男さんの言葉に反することは、いえなかった。いえなかった。
姜 そんなことはないですよ。
田原 いやいや、そういってますよ、本人が。名前出してもいいですがね。それでつまり事実しか書けなかったと、歴史的な事実しか。
猪瀬 発掘した事実じゃない事実だよ、それは。
田原 まあ、事実。何にこう書いてある。何にこう書いてある。
猪瀬 それ、引用だよね。
田原 うん、引用。そして、もっといいたのは・・・・。
姜 僕は丸山さんの擁護するわけじゃないけれども、彼自身も、ある種の国民主義者でナショナリストですよ。
田原 いや、そりゃね、そんなこといったってね、とくかく僕なんか、まあこの本にも書いたけども、太平洋戦争についてなぜ負ける戦争をやったんだといったら、そんなこというな、そりゃ保守反動だっていわれましたよ、ずっと、で、それをいおうと思ってたら、いつのまにかあの戦争が正しいなんて議論がいっぱい出てきたんで、これは違うぞ! と、やっぱりやんなきゃいけないと、こういう気持ちだったんですよ。
姜 あの戦争が正しいという議論はね、大東亜戦争肯定論以来。60年代でしたっけね。
田原 あれは少数派。大東亜戦争肯定論がなぜ売れたのかっていうとね、ごく少数で珍しかったから。
姜 珍しいけれども、知識人とか、いろんななかには結構いる。やっぱりシンパがいるわけですね。
田原 橋爪さん、どうですか?
橋爪 あのね、こういう構造になっているんじゃないでしょうか。まず私たちは戦争は悪かったと、戦争責任という枠組みで考えます。ですから、戦争を企画したA級戦犯というのは悪いと考える。ということは、逆にいうとですね、それ以外の人たちは戦争責任がなかったという意味になるんですよ。で、それでよかったという反面、釈然としないんです。
どうしてかというと、大東亜戦争、太平洋戦争は総力戦だったんです。日本は第一次世界大戦をスキップしたけれど、この次もし戦争があれば、総力戦、ものすごい戦争になると予想し、準備した。実際そうなった。総力戦とは、国をあげて全身全霊、経済も政治もすべてが戦争目的に奉仕するということでしょう。そしたら、軍人が最後に大きな力を持つことは明らかだし、国民は軍人のいうことを聞かなきゃいけない、そういう体制になるわけですね。ですから、そのことを理解して、みんな協力したんです。みんな積極的に戦争に協力したという自覚があるし、それはそのときの考え方では正しかった。というこがあるでしょ。
ところが戦後になって、それだけ努力してこれだのことをしたのに、そういう枠組みじゃなくて、この戦争は悪いことであり、その責任者はごく一部であると、つまり分断されたわけですよね。ここに大きな欺瞞があるんだけれども、このことを十分咀嚼できなかった。それがいま、尾を引いているんじゃないですか。
これは メッセージ 3163 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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