朝まで⑧
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2005/12/03 21:46 投稿番号: [3163 / 7270]
韓国のベトナムへの責任は?
ベトナムのカンボジアへの責任は?
姜 僕はね、ちょっと違うのは、冷戦が崩壊して、やっといままで語り合えなかった人たちが、語り合う時代が来たわけです。それは間違いない。
辻元 そうです。
姜 グローバル化というべきでしょう、それが今後どういう方向になるかは、まだ僕にもよくわかりませんよ。だから何か先見的にいっている価値観や歴史観があって、それもさっき猪瀬さんがいったように、ある種のイデオロギーになりかねない。むしろやっぱり、それはカオスかもしれないけれども、いままでいわば歴史の闇のなかに葬り去られたような人びとが、少しずつ話すようになったし、韓国で韓国軍を批判して、「ベトナムでこんなひどいことをやった」と発言することは、これは日本で発言してやられるのと、同じような状況があるわけですよ。
だからそれぞれの国で歴史観をめぐって、じつは日本だけではない、いろんな国がいま、いろんな対立を起こしてるわけ。それがどうなるかは、僕にもまだよくわかりません。ただ間違いなくいえることはね、そうした多様な声が、いま、出てきたと。そこから何が出てくるのか。
いまそういう段階にいるわけであって、日本だけがなんか歴史観の重みのなかで、打ちひしがれて大変だ大変だっていうのは、これは明らかに間違いであって、韓国のなかでも、世代間の葛藤や、ベトナム戦争をどう総括するのか――いろんな対立があるわけ。
田原 そこなんだけどね、僕はウエイトのかけ方が、ちょっと違うと思うの。つまりいままでの日本人は、侵略戦争だと、とっても悪い戦争をしたということをアメリカから押し付けられ、あるいはイデオロギーである種の学者たちが、とくに東大が多いんだけども、イデオロギーで押し付けてきて、それに対して日本人は、嗚呼悪い戦争したなあって思ってんの、じつは。でね、いまやっと、そういうものから解き放たれて、本当に見ようじゃないかという時代なんですよ。軽い時代なんだいまは、どっちかといえば。
辻元 田原さん、悪いとか軽いとかって話じゃないと思う。
田原 辻元さんね、いや、いま、あなたを責めるわけじゃないけれども、社会党なんてのはね、本当はそれ専門にやる党だよね。なんでやんなかったのかと。どうしてなんですか?
辻元 55年体制下での社会党の平和運動については、総括しなきゃいけないと思いますよ。
猪瀬 社会党はお題目で万歳っていってたんだよ。
田原 ソ連万歳、中国万歳って、いってたんだよ。
猪瀬 そこはっきりしないと、ダメなんだよ。
辻元 ところが戦後、戦争責任の問題――さっきの法案もそうだけど、ずっとやってきたのは社会党でもあったわけですよ。ですから、いいところも悪いところもあったと思います。社会党という存在がなかったらね、じゃあどうなってたかって考えたら、私はこの戦争について、一定の役割は十分果たしたと思います。
田原 僕はね、もっと乱暴にいいますよ、あのね、日本の55年体制がずっと続き、自民党1党支配が続いた最大の理由ってのは、自民党っていうのはすごい、いい構造を作ったなと思うんですよ、絶対に政権をとらない野党というのをつくった。それが社会党。そういう安全無害の野党をつくった。で、自民党のなかでは、首相になるのは帝大卒ですよ、旧帝大卒、東大か京大か。その帝大卒は汚いことができない。だから汚いことをやる専門のね、党人脈を雇って、名前というと悪いからいわないけど、これ(カネを渡す仕草)を野党の幹事長クラスにはするんですよ。で、自分は手を汚さない。これがね、55年体制なんです。
55年体制ってのは1955年、左右両派に分裂していた社会党が統一され、これをきっかけに自由党と民主党が合同して自由民主党になった。これ以降、40年近く続いた自社共存の政治体制。保守と革新とはいえ、社会党の議席数は自民党の半分以下で、事実上の一党独裁体制だった。93年に自民党が分裂、細川護熙内閣が成立し、55年体制は崩壊した。
それはいま、崩れたの。あなたは、まだ55年体制に毒されてる。
辻元 私たちはいま、変えようとしてるんじゃないですか(笑)。
姜 僕はね、ちょっと違うのは、冷戦が崩壊して、やっといままで語り合えなかった人たちが、語り合う時代が来たわけです。それは間違いない。
辻元 そうです。
姜 グローバル化というべきでしょう、それが今後どういう方向になるかは、まだ僕にもよくわかりませんよ。だから何か先見的にいっている価値観や歴史観があって、それもさっき猪瀬さんがいったように、ある種のイデオロギーになりかねない。むしろやっぱり、それはカオスかもしれないけれども、いままでいわば歴史の闇のなかに葬り去られたような人びとが、少しずつ話すようになったし、韓国で韓国軍を批判して、「ベトナムでこんなひどいことをやった」と発言することは、これは日本で発言してやられるのと、同じような状況があるわけですよ。
だからそれぞれの国で歴史観をめぐって、じつは日本だけではない、いろんな国がいま、いろんな対立を起こしてるわけ。それがどうなるかは、僕にもまだよくわかりません。ただ間違いなくいえることはね、そうした多様な声が、いま、出てきたと。そこから何が出てくるのか。
いまそういう段階にいるわけであって、日本だけがなんか歴史観の重みのなかで、打ちひしがれて大変だ大変だっていうのは、これは明らかに間違いであって、韓国のなかでも、世代間の葛藤や、ベトナム戦争をどう総括するのか――いろんな対立があるわけ。
田原 そこなんだけどね、僕はウエイトのかけ方が、ちょっと違うと思うの。つまりいままでの日本人は、侵略戦争だと、とっても悪い戦争をしたということをアメリカから押し付けられ、あるいはイデオロギーである種の学者たちが、とくに東大が多いんだけども、イデオロギーで押し付けてきて、それに対して日本人は、嗚呼悪い戦争したなあって思ってんの、じつは。でね、いまやっと、そういうものから解き放たれて、本当に見ようじゃないかという時代なんですよ。軽い時代なんだいまは、どっちかといえば。
辻元 田原さん、悪いとか軽いとかって話じゃないと思う。
田原 辻元さんね、いや、いま、あなたを責めるわけじゃないけれども、社会党なんてのはね、本当はそれ専門にやる党だよね。なんでやんなかったのかと。どうしてなんですか?
辻元 55年体制下での社会党の平和運動については、総括しなきゃいけないと思いますよ。
猪瀬 社会党はお題目で万歳っていってたんだよ。
田原 ソ連万歳、中国万歳って、いってたんだよ。
猪瀬 そこはっきりしないと、ダメなんだよ。
辻元 ところが戦後、戦争責任の問題――さっきの法案もそうだけど、ずっとやってきたのは社会党でもあったわけですよ。ですから、いいところも悪いところもあったと思います。社会党という存在がなかったらね、じゃあどうなってたかって考えたら、私はこの戦争について、一定の役割は十分果たしたと思います。
田原 僕はね、もっと乱暴にいいますよ、あのね、日本の55年体制がずっと続き、自民党1党支配が続いた最大の理由ってのは、自民党っていうのはすごい、いい構造を作ったなと思うんですよ、絶対に政権をとらない野党というのをつくった。それが社会党。そういう安全無害の野党をつくった。で、自民党のなかでは、首相になるのは帝大卒ですよ、旧帝大卒、東大か京大か。その帝大卒は汚いことができない。だから汚いことをやる専門のね、党人脈を雇って、名前というと悪いからいわないけど、これ(カネを渡す仕草)を野党の幹事長クラスにはするんですよ。で、自分は手を汚さない。これがね、55年体制なんです。
55年体制ってのは1955年、左右両派に分裂していた社会党が統一され、これをきっかけに自由党と民主党が合同して自由民主党になった。これ以降、40年近く続いた自社共存の政治体制。保守と革新とはいえ、社会党の議席数は自民党の半分以下で、事実上の一党独裁体制だった。93年に自民党が分裂、細川護熙内閣が成立し、55年体制は崩壊した。
それはいま、崩れたの。あなたは、まだ55年体制に毒されてる。
辻元 私たちはいま、変えようとしてるんじゃないですか(笑)。
これは メッセージ 3162 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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