朝まで⑩
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2005/12/03 22:16 投稿番号: [3165 / 7270]
猪瀬直樹
「日本の近代化」の過程と「戦後50年」の課題
「なぜ日本は戦争に突入していったのか」ということは、ほとんど間違って理解されている。日本にはインドネシアから石油を採掘して運んでこなければならない事情があった。帰路「タンカーが撃沈されないためにはどうすればよいか」ということから、真珠湾攻撃に至るのである。この、一見単純に思われる経緯を、僕は20年ほど前に『昭和16年夏の敗戦』(『猪瀬直樹著作集』所収)で検証した。当時はなかなか理解されなかった。
『昭和16年夏の敗戦』、そして約10年前の『黒船の世紀』(文春文庫)の調査で、僕は当時のさまざまな文献や関係者の証言を集め分析してみて、当時の日本の社会のあり方や、国民を巻き込んで成長していくメディアの動きを確認した。
第二次世界大戦前の日本は、戦車・飛行機・毒ガスなど、あらゆる近代兵器が搭乗した第一次大戦をパスしてしまったため、その「総力戦」の凄まじさも悲惨さも体験することがなかった。世界の怖さ、大きさをみずからの血をもって知ることなしに、日米開戦への道を歩んだ――このことを、僕は第一次資料を駆使して表現したつもりである。
・・・・いわゆる「歴史」は、歴史学者の非常にイデオロギー的な論文に汚染されてしまっており、直接証言など一次資料によって検証するという作業がほとんどなされていない。このため、「戦後民主主義」イデオロギーに染まったまま、つまり「真相はどうだったのか」と自ら突き詰めて考える姿勢がないまま、思考を停止させている。イデオロギーや思い込みによって史実を見ていくだけでは、満足な歴史検証などできないだろう。
番組を振り返りつつ日本の近代史を俯瞰してみると、当初の国家政策そのものはよいが、50年ほどたつと、どこかでベクトルが変わり、おかしな方向へ行ってしまうようだ。具体的にいえば、不平等条約を解消するため、明治の元勲たちが「富国強兵」「殖産興業」というスローガンを掲げ尽力したことは後年、軍事大国としての「傲慢さ」に変わってしまった。日本は、国際舞台で軍縮のイニシアチブをとるなど独自の新しい目標を探すべきだった。
そして、高度経済成長をへて第二次大戦後50年を経過した現在、日本は国際経済戦争の渦中でどのような針路をもつべきなのか、改めて問い直さなければならないだろう。
これは メッセージ 3164 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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