韓国人ジャーナリストの憂国 (2)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/06/01 03:31 投稿番号: [2406 / 7270]
〜続き〜
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痛烈な知識人批判
「戦争を決意しうる国か」の冒頭で趙甲済氏は「金●信(新羅の将軍)と金日成は、千三百年という時の隔たりにもかかわらず、共通点を持っている。二人は統一の為の戦争を決意した韓国史上ただ二人しかいない指導者である」と述べ、金●信について「東方の一小国が、全盛期にあった世界的な大帝国を相手に戦争を決断することができたことによって、われわれは独立国家の資格証を得たのである」と説いている。
しかし、その後の韓国は変った、と趙氏は言う。新羅統一以後「侵略を何度も受け、強要された戦争はしたけれど、みずから戦争を決意したことは一度もない」という「特異な記録を残して」いる。「朝鮮王朝建国以後の六百年間には、自主国防の能力と意志すら忘れてしまった。壬辰倭乱のときは明軍の助力で、韓国戦争のときは南韓は米軍の、北韓は中共軍の支援で、体制を維持することができた。しかし、自力で国を守らなければならないとき、すなわち丙子胡乱と開港期(李朝末期の強要された対外通交)には、われわれは失敗した」。
だが、韓国はそうした事実を直視せずにきた。それが韓国にどう影響したかについて、趙氏はつぎのように指摘している。「命をかけて民族と個人の名誉を守り、その結果に責任を持つ伝統のない指導層」と「無能かつ卑劣な権力層を信ぜず、彼等を呪詛しながら、生存のための要領を体得」する国民との分裂を招いた――と。
一九世紀末、韓国を旅した英国のビショップ女史は「韓国の民衆は貧しさのなかに保護を求めている」と書いている。金を儲けると、待ってましたとばかりに役人がやって来て、搾取していくので、貧乏にしている方が安全だと考えているというのだ(これは韓国人一般の見方だった。少年時代の私は祖父のところで働いていた南という韓国人から「役人はね、村のあいつは近頃カネを貯めたらしいと聞くと、ありもしない罪名でしょっぴいて来て、白状しろ、とひっぱたく。叩かれた方は、それと察して賄賂をおくり、釈放してもらう、という式で懐を肥やしたんだ
よ」と教えてくれたものだ)。儒教的支配イデオロギーが千年もつづいた韓国に、キリスト教信者が全国民のやく四分の一を占めるようになったのも「支配層の論理と倫理に対する民心の離反」現象だと趙氏は言っている。要するに「権力層と国民との間には、搾取・軽蔑・不信だけが積み重ね」られてきたのである。これでは国民を守ることはできない。
ここで氏は痛烈な知識人批判を提起している。「国民を守ってやれない支配層の生存要領は弁明と偽善である」と言い、韓国でよくいわれる「(韓民族は)平和を愛するから、一度も外国を侵略しなかった」という話など「戦争を決心する勇気がなかった」からに過ぎないし、「その平和なるものも、敵国の平和であって、わが民族の平和ではなかった(平和を愛する民族が、なぜ平和にくらせなかったか)」と、韓国論壇にかつて見ることのできなかった性質の批判を加えている。
〜続く〜
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痛烈な知識人批判
「戦争を決意しうる国か」の冒頭で趙甲済氏は「金●信(新羅の将軍)と金日成は、千三百年という時の隔たりにもかかわらず、共通点を持っている。二人は統一の為の戦争を決意した韓国史上ただ二人しかいない指導者である」と述べ、金●信について「東方の一小国が、全盛期にあった世界的な大帝国を相手に戦争を決断することができたことによって、われわれは独立国家の資格証を得たのである」と説いている。
しかし、その後の韓国は変った、と趙氏は言う。新羅統一以後「侵略を何度も受け、強要された戦争はしたけれど、みずから戦争を決意したことは一度もない」という「特異な記録を残して」いる。「朝鮮王朝建国以後の六百年間には、自主国防の能力と意志すら忘れてしまった。壬辰倭乱のときは明軍の助力で、韓国戦争のときは南韓は米軍の、北韓は中共軍の支援で、体制を維持することができた。しかし、自力で国を守らなければならないとき、すなわち丙子胡乱と開港期(李朝末期の強要された対外通交)には、われわれは失敗した」。
だが、韓国はそうした事実を直視せずにきた。それが韓国にどう影響したかについて、趙氏はつぎのように指摘している。「命をかけて民族と個人の名誉を守り、その結果に責任を持つ伝統のない指導層」と「無能かつ卑劣な権力層を信ぜず、彼等を呪詛しながら、生存のための要領を体得」する国民との分裂を招いた――と。
一九世紀末、韓国を旅した英国のビショップ女史は「韓国の民衆は貧しさのなかに保護を求めている」と書いている。金を儲けると、待ってましたとばかりに役人がやって来て、搾取していくので、貧乏にしている方が安全だと考えているというのだ(これは韓国人一般の見方だった。少年時代の私は祖父のところで働いていた南という韓国人から「役人はね、村のあいつは近頃カネを貯めたらしいと聞くと、ありもしない罪名でしょっぴいて来て、白状しろ、とひっぱたく。叩かれた方は、それと察して賄賂をおくり、釈放してもらう、という式で懐を肥やしたんだ
よ」と教えてくれたものだ)。儒教的支配イデオロギーが千年もつづいた韓国に、キリスト教信者が全国民のやく四分の一を占めるようになったのも「支配層の論理と倫理に対する民心の離反」現象だと趙氏は言っている。要するに「権力層と国民との間には、搾取・軽蔑・不信だけが積み重ね」られてきたのである。これでは国民を守ることはできない。
ここで氏は痛烈な知識人批判を提起している。「国民を守ってやれない支配層の生存要領は弁明と偽善である」と言い、韓国でよくいわれる「(韓民族は)平和を愛するから、一度も外国を侵略しなかった」という話など「戦争を決心する勇気がなかった」からに過ぎないし、「その平和なるものも、敵国の平和であって、わが民族の平和ではなかった(平和を愛する民族が、なぜ平和にくらせなかったか)」と、韓国論壇にかつて見ることのできなかった性質の批判を加えている。
〜続く〜
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これは メッセージ 2405 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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