韓国人ジャーナリストの憂国 (1)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/06/01 03:18 投稿番号: [2405 / 7270]
田中明著「物語
韓国人」
http://books.yahoo.co.jp/bin/detail?id=30869957
p177より
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憂国の心情あふれる論文
韓国の総合雑誌『現代朝鮮』の九四年三月号に、同誌の趙甲済部長が「問題提起・大韓民国は戦争を決意しうる国か」という刺激的な題名の文章を書いていた。刺激的と言っても決して奇をねらったものではない。韓国の病根を指摘し「わが国がこのままでいいと思いますか」と、読者に問いかけざるを得なくなった憂国の心情から出た文章である。
趙甲済というジャーナリストは、日本でも韓国関係の人にはよくしられている人で、氏の著書は『軍部!』『国家安全企画部』『朴正煕 韓国近代革命家の実像』など、十冊も邦訳されている。現役の韓国記者で、これほど邦訳の出ている人はいないのではないか。氏の記事が珍重されたのは、骨身を惜しまぬ精力的な取材でファクトを積み重ねて真相に迫っていくという姿勢のためで、とかく「頭で書いた」論説的記事が多い韓国では、出色のものと目されていた。
だが、そのように自分に「論」を禁じていた趙甲済氏が、九三年の後半から取材の蓄積のなかで、溜めに溜めてきた思いを吐き始めた。それは韓国の支配層や知識人が安住している伝統的理念に対する痛烈な批判であったので、私は驚きかつ賛嘆した。
趙甲済氏は右の論文の二ヶ月前に、やはり同質の文章を『月刊朝鮮』に書いている。それは「朴正煕と金泳三の和解」と題したもので、当時の金泳三政権が「五・一六(朴正煕将軍の軍事革命)はわが国の歴史を後退させた」と言い、自分たちの文民政権は抗日独立運動をつづけた上海臨時政府(大韓民国臨時政府。三・一独立運動後、上海で作られた亡命政府)の正統を直接受け継ぐものだと「安易に前代を否定」している態度を批判したものだった。臨時政府と金泳三政権の間には、李承晩−尹●善−朴正煕−全斗煥−慮泰愚時代があるにもかかわらず、そうした事実を無視し、自分の正統性を臨時政府に直結させようというのは非歴史的であり「無謀で傲慢な考え」だと言い切ったのである。とくに「世界の最貧国を経済大国に変貌だせた」朴正煕時代を、弾圧と統制の面からのみ取り上げて否認し、あの時代に「民主主義を支える物質的土台」(金泳三政権もその余慶にあずかっている)が作られたという事実を無視する思想は危険だ、と批判している。
こうした安易な過去否定の歴史観は、国内政治で自分に賛同しない勢力に対し「内部の敵」だとか「既得権層」「反革命勢力」といった「対決的、葛藤促進的、分裂的イメージの言葉をやたらと使う」風潮を生んでいる、と趙氏は指摘する。「北韓の悪魔的政権に向っては、同伴者と呼びかけながら」国民に対しては「内部の敵」との戦闘とその除去を訴えるのは、反歴史的、反資本主義的で国を誤るものだ、と言うのである。これは文民支配層や知識人が寄りかかっている(朴正煕=軍人政権=悪、金泳三=文民政権=善)という通念が、韓国の現実を生きていくのに資するものではないと批判した印象深い文章であった。
だが日本のマスコミは、軍や情報機関に切り込んだ文章にはすぐ飛びつくが、文民政権批判にわたるようなものとか、「戦争を決意しうる国か」といった韓国論になると怖くなるのか、敬遠され話題にもならなかった。そうした論議を取り上げては「日本は戦争を決意しうる国か」という厄介なテーゼが連想されるからであろうか。これらの論文はミニコミ誌『現代コリア』が九三年十二月号と九四年五月号で全文を訳載しているが、一般には知られていないので、ここで紹介しておきたい。
〜続く〜______________________________________
http://books.yahoo.co.jp/bin/detail?id=30869957
p177より
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憂国の心情あふれる論文
韓国の総合雑誌『現代朝鮮』の九四年三月号に、同誌の趙甲済部長が「問題提起・大韓民国は戦争を決意しうる国か」という刺激的な題名の文章を書いていた。刺激的と言っても決して奇をねらったものではない。韓国の病根を指摘し「わが国がこのままでいいと思いますか」と、読者に問いかけざるを得なくなった憂国の心情から出た文章である。
趙甲済というジャーナリストは、日本でも韓国関係の人にはよくしられている人で、氏の著書は『軍部!』『国家安全企画部』『朴正煕 韓国近代革命家の実像』など、十冊も邦訳されている。現役の韓国記者で、これほど邦訳の出ている人はいないのではないか。氏の記事が珍重されたのは、骨身を惜しまぬ精力的な取材でファクトを積み重ねて真相に迫っていくという姿勢のためで、とかく「頭で書いた」論説的記事が多い韓国では、出色のものと目されていた。
だが、そのように自分に「論」を禁じていた趙甲済氏が、九三年の後半から取材の蓄積のなかで、溜めに溜めてきた思いを吐き始めた。それは韓国の支配層や知識人が安住している伝統的理念に対する痛烈な批判であったので、私は驚きかつ賛嘆した。
趙甲済氏は右の論文の二ヶ月前に、やはり同質の文章を『月刊朝鮮』に書いている。それは「朴正煕と金泳三の和解」と題したもので、当時の金泳三政権が「五・一六(朴正煕将軍の軍事革命)はわが国の歴史を後退させた」と言い、自分たちの文民政権は抗日独立運動をつづけた上海臨時政府(大韓民国臨時政府。三・一独立運動後、上海で作られた亡命政府)の正統を直接受け継ぐものだと「安易に前代を否定」している態度を批判したものだった。臨時政府と金泳三政権の間には、李承晩−尹●善−朴正煕−全斗煥−慮泰愚時代があるにもかかわらず、そうした事実を無視し、自分の正統性を臨時政府に直結させようというのは非歴史的であり「無謀で傲慢な考え」だと言い切ったのである。とくに「世界の最貧国を経済大国に変貌だせた」朴正煕時代を、弾圧と統制の面からのみ取り上げて否認し、あの時代に「民主主義を支える物質的土台」(金泳三政権もその余慶にあずかっている)が作られたという事実を無視する思想は危険だ、と批判している。
こうした安易な過去否定の歴史観は、国内政治で自分に賛同しない勢力に対し「内部の敵」だとか「既得権層」「反革命勢力」といった「対決的、葛藤促進的、分裂的イメージの言葉をやたらと使う」風潮を生んでいる、と趙氏は指摘する。「北韓の悪魔的政権に向っては、同伴者と呼びかけながら」国民に対しては「内部の敵」との戦闘とその除去を訴えるのは、反歴史的、反資本主義的で国を誤るものだ、と言うのである。これは文民支配層や知識人が寄りかかっている(朴正煕=軍人政権=悪、金泳三=文民政権=善)という通念が、韓国の現実を生きていくのに資するものではないと批判した印象深い文章であった。
だが日本のマスコミは、軍や情報機関に切り込んだ文章にはすぐ飛びつくが、文民政権批判にわたるようなものとか、「戦争を決意しうる国か」といった韓国論になると怖くなるのか、敬遠され話題にもならなかった。そうした論議を取り上げては「日本は戦争を決意しうる国か」という厄介なテーゼが連想されるからであろうか。これらの論文はミニコミ誌『現代コリア』が九三年十二月号と九四年五月号で全文を訳載しているが、一般には知られていないので、ここで紹介しておきたい。
〜続く〜______________________________________
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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