なぜ日本人は、嫌われるのか?

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

儒教が明治維新にどう関係したか(2)

投稿者: tihaya3 投稿日時: 2001/02/26 19:08 投稿番号: [1476 / 35788]
江戸期までは、日本人は世の中を丸めた者に従う、例えそれが草履取りであろうと、正統性などとは関係ないというまったくの現実主義であったと思います。余談ですが、江戸期の商家では息子に能力がないとまったく関係ない所から養子を取ったり、娘に婿取りをしたりしています。これも儒教が血縁を重視している点から見てもまったくもって異端です。どうしてそんなことが出来たのかは韓国の方には想像を絶するでしょう。

(正統性論の始まり)
徳川幕府はこれではいけないと自らの正統性(正当性でなく正統性の方が適切ですね)を立てる努力を始めました。その時に採用したのが儒教の一分野である当時最新学問の朱子学なわけです。

当時の官立学問が朱子学になったのですが、この説を使って幕府の御用学者、中には優秀な人間もいましたが、主要メンバーである林系(例えば林羅山)の学説には「トンデモ説」が多くて、まるで戦後の進歩的文化人が先進国のコピペを繰り返して、妙てこな学説を立てたのと同じ様相を示しています。

面白そうなものを幾つか言うと、日本は文化的には中国であり、夷荻に占領された中国より日本の方が正統性があるという説、天皇は中華の正統なる王家の血縁であるから、天皇は権威があるという説、まあびっくりするようなものが山盛りです。最終的には天皇家という伝統に気づいて、天皇から権威を貰ったから、徳川幕府は権威があるという点に落ち着いたようです。もうすでにこの時点で徳川幕府は錦の御旗に負ける運命を造っていた訳です。従って徳川幕府の天皇家に対する気の使いようは大したもので、赤穂浪士の前の松の廊下での刃傷処理も、将軍のメンツをまるつぶれにしたわけですから、切腹お家取りつぶしは当り前だったのでしょう。

(明治維新に及ぼした朱子学の影響)
江戸中期ですが、当時のベストセラーがあります。それは「義」のために死んだ中国人(勿論中華の歴史の話です)を書いたものです。中華の有力皇帝にたてついた儒者の行動を絶賛しています。儒者は皇帝は位を正統なやり方で得た者でないから、義にかなっていないと反抗します。皇帝が幾ら頭を下げても言うことを聞きません。皇帝は怒って一族郎党を目の前で殺害してゆきます。それでも屈しません。家族も義のためなら死ぬのをなんとも思いません。むしろ儒者をがんばれと応援します。そして最後はくち裂きの刑で、張り付けにされて殺されます。

これが朱子学が一番大きな影響を与えた部分でしょう。それまで日本人は思想のために死ぬ、具体的に言うと「義」のために死ぬという事を知りませんでした。ここで初めて現実主義が原理主義にかち合うわけです。

当時の武士階級、戦乱がなくなり、本来のミッションがなくなった武士階級にこの思想が与えた影響は大きかったと私も思います。大東亜戦争で首相から「悠久の大義のために死す」という言葉が出ていますが、この「義」は徳川時代の朱子学の伝統から来ているわけです。同様に楠木正成の再発見も朱子学の影響が強いと言われています。

これらの思想と正統論の話が渾然一体となり、徳川中期後半にはすでに徳川幕府より天皇家が正統性があるという説が強固になっていました。徳川家でさえ水戸系ではすでにそういっていますから、明治維新で錦の御旗を担いだ方が勝利を得たのは必然であったと思います。また革命理論として朱子学が一定の影響を及ぼした点については、あんまり否定する人はいないのではないですか。ただその中身の理解が正統な朱子学であるかどうかは、私は疑問だと思っています。

現代作家でも三島由紀夫氏なんかも朱子学を信奉していて、原理原則のためには死すことも厭わない原理主義的な面を示しているのに対しで、融通無碍や道徳観が背景にある現実主義を愛する司馬遼太郎氏と対照的な様相を示しています。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)