儒教が明治維新にどう関係したか(3)
投稿者: tihaya3 投稿日時: 2001/02/26 19:10 投稿番号: [1477 / 35788]
(朱子学の特徴)
革命理論として朱子学の影響は無視できませんし、実際にあったのでしょう。また革命というのは革新の様相を示しながら、欧米でも必ず復古の様相を示していますから、革命が大抵温故知新の形態をとるのもある意味で、歴史的な理由があるかもしれません。
しかし朱子学が明治維新後まで主流の思想として持ち越されたかどうかは疑問があります。というのは朱子学というのは正統性を論じていますから、非常に強固な明示的な原理主義原則主義なわけです。従って断章取義的に思想を断片的に利用する事は出来ません。原理原則で貫かれていますから、キリスト教のファンダメンタリストのように朱子学を絶対にしないと理論的整合性が取れなくなるからです。その意味から儒教の中でも朱子学は絶対であるという点から宗教的要素が強い学問です。
従って朱子学は革命理論としては有効でしたが、実際に世界を回って見ると、朱子学の原理原則論、どころか攘夷自体でさえ出来ないし、尊皇だけ活かして近代化=西欧化というタームで日本民族として生きてゆこうとして訳です。でも実際にはそうならずに儒教を断章取義で理解したように、西洋文明に対しても断章取義でやっています。従って幸か不幸か今でも伝統的なものから最新鋭のものまでがずらりと並んいる状態になっているわけです。
(朱子学関係の歴史経過終わり)
***引用開始***
また、薩長勢力が、求めたのは、人材の登用です。人材の登用っていうのは、エリートによ国家統治です。儒教を誤解しないで下さい。儒教は官僚採択の道具として学問を使ったのではなく、学問をみにつけた人達を登用して使ったのです。エリートを集める方法として使った国家試験制度。これは間違い無く儒教国家の特徴です。下級武士達の学問を個人レベルに止めず、国家官僚として活用できるようにしたのです。それは名前だけが違うだけで、科挙制度と全く同じものだったのです。
***引用終了***
同じ事を言うのもいやですので、別の切り口で話をしましょう。人材の登用はどんな革命政権でもやっています。日本でもそれは同じ。何も儒教でなくてもやっているわけで、むしろ重要なのは、幕府の学校を国立とすると、各藩の藩立学校が公立に相当するのですかね。ここでの下級武士の教育が行われており、登用する人材が存在していた事です。武士は勿論のこと、庶民の間に読み書きそろばん程度は最低限出来ないといけないという意識が浸透していた上に、それが出来る環境があった点です。どうしてそうなったかというと、幾つか理由があるのですか、大きな理由の一つは石田心学などの自発的無料民間学校の影響や、豪商や豪農が金を積極的に出した私立学校の影響が大きいです。これも儒教の教えからは演繹出来ません。
石田心学というものがあるのですが、この言葉は儒教の用語を使っています。しかしそれだからといって石田心学の創始者の石田梅岩(ある商家の番頭さん)が儒学者であったかというと、誰でも否定するでしょう。言葉は儒学や仏教用語を転用していますが、中身はまったく違った思想を語っています。
日本人が明治維新以後に造った科学技術用語や法律用語は中国でも使用されているようですが、これをああ中国では日本語を科学技術用語に使っているという人はまあいないでしょう。これも単に日本語の単語を便利だから流用しているだけですな。
革命理論として朱子学の影響は無視できませんし、実際にあったのでしょう。また革命というのは革新の様相を示しながら、欧米でも必ず復古の様相を示していますから、革命が大抵温故知新の形態をとるのもある意味で、歴史的な理由があるかもしれません。
しかし朱子学が明治維新後まで主流の思想として持ち越されたかどうかは疑問があります。というのは朱子学というのは正統性を論じていますから、非常に強固な明示的な原理主義原則主義なわけです。従って断章取義的に思想を断片的に利用する事は出来ません。原理原則で貫かれていますから、キリスト教のファンダメンタリストのように朱子学を絶対にしないと理論的整合性が取れなくなるからです。その意味から儒教の中でも朱子学は絶対であるという点から宗教的要素が強い学問です。
従って朱子学は革命理論としては有効でしたが、実際に世界を回って見ると、朱子学の原理原則論、どころか攘夷自体でさえ出来ないし、尊皇だけ活かして近代化=西欧化というタームで日本民族として生きてゆこうとして訳です。でも実際にはそうならずに儒教を断章取義で理解したように、西洋文明に対しても断章取義でやっています。従って幸か不幸か今でも伝統的なものから最新鋭のものまでがずらりと並んいる状態になっているわけです。
(朱子学関係の歴史経過終わり)
***引用開始***
また、薩長勢力が、求めたのは、人材の登用です。人材の登用っていうのは、エリートによ国家統治です。儒教を誤解しないで下さい。儒教は官僚採択の道具として学問を使ったのではなく、学問をみにつけた人達を登用して使ったのです。エリートを集める方法として使った国家試験制度。これは間違い無く儒教国家の特徴です。下級武士達の学問を個人レベルに止めず、国家官僚として活用できるようにしたのです。それは名前だけが違うだけで、科挙制度と全く同じものだったのです。
***引用終了***
同じ事を言うのもいやですので、別の切り口で話をしましょう。人材の登用はどんな革命政権でもやっています。日本でもそれは同じ。何も儒教でなくてもやっているわけで、むしろ重要なのは、幕府の学校を国立とすると、各藩の藩立学校が公立に相当するのですかね。ここでの下級武士の教育が行われており、登用する人材が存在していた事です。武士は勿論のこと、庶民の間に読み書きそろばん程度は最低限出来ないといけないという意識が浸透していた上に、それが出来る環境があった点です。どうしてそうなったかというと、幾つか理由があるのですか、大きな理由の一つは石田心学などの自発的無料民間学校の影響や、豪商や豪農が金を積極的に出した私立学校の影響が大きいです。これも儒教の教えからは演繹出来ません。
石田心学というものがあるのですが、この言葉は儒教の用語を使っています。しかしそれだからといって石田心学の創始者の石田梅岩(ある商家の番頭さん)が儒学者であったかというと、誰でも否定するでしょう。言葉は儒学や仏教用語を転用していますが、中身はまったく違った思想を語っています。
日本人が明治維新以後に造った科学技術用語や法律用語は中国でも使用されているようですが、これをああ中国では日本語を科学技術用語に使っているという人はまあいないでしょう。これも単に日本語の単語を便利だから流用しているだけですな。
これは メッセージ 1476 (tihaya3 さん)への返信です.